受益者の多くは井村と竹入の腕を見込んで投資をしている。ただ、Kaihouは投資助言会社であり、パートナーである運用会社を介してしかファンドとかかわれない。折しも高市政権の積極財政方針で株式市場に追い風が吹くタイミング。さらなる期待が高まる時期での不協和音に、受益者らは「けんか別れか」と青くなった。
結局、27日には両社がそれぞれにファンドの助言・運用業務に影響はないというリリースを発表し、ひとまず事態は収拾した。ただ、受益者の不安が完全に払しょくされたとは言いがたい。和製バークシャー宣言が腹割会騒動からほどなくして発表されたことで、ふたつの事象を結びつけて、「Kaihouはファンドから身を引き、和製バークシャーに集中するのでは。受益者は置いていかれるかもしれない」という憶測が飛び交ったわけだ。
騒動の経緯について、井村は「助言先や助言先ファンドについて直接的に言及することは法で禁じられている」と固く口を閉ざした。真相はやぶのなかだが、課題は解決したのか問うと、一転し力強く答えた。「投資助言を諦めることはありません。今回お騒がせして、受益者に貢献しなければいけないという責任感は一層強くなった。私はこのファンドに自己資金を投下していて、大口受益者でもある。私たちにとって受益者は同じマーケットで戦っている戦友です。自分が最後のひとりになるまで戦う覚悟だということはお伝えしておきたい」(井村)
ファンドの25年12月月次レポートで、井村は「純白の部屋に落ちる髪の毛一本の妥協もしたくない」と書いている。髪の毛一本の妥協とは何か。竹入はこう答えた。
「私ひとりなら銘柄選定で『ここまで調べれば十分』というラインに達していても、井村は『もっと』という。でも、0点から95点にいくより95点から100点を目指すほうがずっと大変。井村がそれを求めてくるから、私ひとりではもう回らなくなりました。最近は東京大学の株サークルの後輩4人にインターンで来てもらって、なんとかやっています」。
投資へのこだわりの話になると、井村も口が滑らかになる。「投資は細部に宿ります。一見して意味のなさそうな1 点が、とてつもない点数に化けるのが投資の面白さ」
一例を挙げよう。「fundnote日本株Kaihouファンド」は、ある地銀(非公開) のポジションを30%まで増やした時期がある。分散投資を基本とする公募投信で、特定銘柄のポジションを極端に大きくもつことはまれだ。ふたりがその銘柄に着目したのは、何かヒントはないかと地銀のディスクロージャー誌を穴が開くほど読み込んだことがきっかけだった。(続きは3月25日発売「Forbes JAPAN 2026年5月号」でご覧ください。)
井村俊哉◎1984年生まれ。中小企業診断士。群馬大学工学部卒業後、お笑いタレントの道に。2017年に引退。株式投資は大学在学中に開始し、24年7月には一時的に通算運用益100億円を達成。19年にZeppyを起業。23年、Kaihouを共同設立。
竹入敬蔵◎1986年生まれ。東京大学経済学部卒業。ゴールドマン・サックス証券、国内独立系運用会社でアナリスト、独立系ヘッジファンドでポートフォリオマネージャーとして従事。その後、専業個人投資家を経て2023年、Kaihouを共同設立。


