映画

2026.04.03 14:15

日本・香港アカデミー賞! 香港映画界唯一の日本人監督は外国人スターをこう差配する

香港映画界で独自の地位を築くアクション監督 谷垣健治氏

「無茶ぶり」の哲学

1995年、谷垣氏のキャリアを大きく変える出会いが訪れる。香港のテレビドラマ『精武門』の現場で、スタントマンとして参加した時に出会ったのが、主演・アクション監督を務めたドニー・イェン氏だった。その後、2人は30年以上にわたり多くのアクション作品を共に手がけていく。ドニー氏は、映画『イップ・マン』シリーズで世界的に知られる俳優・監督でもある。ドニー氏から学んだのは技術だけではない。現場の進め方やアクションの思想を徹底的に叩き込まれ、谷垣氏のアクション監督としての土台を作った。

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本番直前に新しいアイデアを思いつき、現場チームに急きょ対応させる。資金が尽きても撮影を続ける。ドニー氏の現場では、こうした無茶ぶりを物語るエピソードが次々と出てくる。

谷垣氏は、彼と作品を重ねる中で「プロの能力を引き出す無茶ぶり」を学んだという。高い要求を突きつけることで、現場のスタッフは100%以上の力を出さざるを得ない。終わった後に「今日はやりきった」というプロとしての充足感を与えることが、現場の熱量につながる。

こうして、香港のアクション映画の世界に自分の居場所を見つけていった90年代後半、香港映画は世界に広がり始める時期を迎えていた。アメリカでは香港のスタントチームの需要が増え、『マトリックス』や『チャーリーズ・エンジェル』のようなアクション演出のあるハリウッド映画が作られた。香港のスタントマンはアメリカ映画にも関わるようになり、アクション映画を作るために香港にいる必要がなくなった。

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谷垣氏自身も1997年にアメリカ映画『モータルコンバット2』にスタントマンとして参加した。しかし、高い身体能力を持つ「アスリート」としてだけの役割が求められるハリウッドの現場にもの足りなさを感じていた。スタントマンであってもカメラワークや演出に意見を出す香港の現場で育ったからだ。

「その頃には、作り手としての意識が芽生えていたんでしょう。香港のスタントマンは、もっと映画づくりに近いところに関わる仕事なんです」

この頃、日本でのキャリアも広げるべきだと助言したのがドニー氏だった。2001年には香港映画『金魚のしずく』でアクション監督デビューを果たし、日本と香港を行き来する生活が本格化する。スタントマンからアクション監督、そして監督へ。

「香港では、スタントマンからアクション監督、そして監督へと進む人が多いことを知りました。日本ではあまり見られないキャリアです。アクション映画は、長く続けられる仕事なのだと思いました」

「マイノリティ」が強み

日本で谷垣氏がアクション監督として注目を集めたのが、2012年公開の映画『るろうに剣心』だ。それまで日本の映画界に対して、閉鎖的で、思い切ったアクションを撮るのは難しいと感じていたという。だが、この映画では、大友啓史監督から大きな裁量を与えてもらった。

「やりたいことを自由にやらせてもらえたからあの作品ができた」

大友監督から学んだのは「任せるリーダーシップ」だという。大友監督は現場で「で、君はどっちがいいと思うの?」とスタッフに問いかけて現場に判断を任せる。そうすることで、現場チームが自分で考えて動くようになるという。

谷垣氏が監督として現場に立つときに大切にしているのは「コントロールするのではなく、信じて待つ」姿勢だという。

「監督というより、現場を盛り上げるママさんみたいな役割ですね。スタッフが自分から動く現場の方が、いいものが作れるんですよ」

「とはいっても、今だって現場はいつも危機一髪ですよ。毎日バタバタで、全然スマートじゃない。でも、そのバタバタも含めて、やっぱり現場はおもしろいんです」

前述の通り日本アカデミー賞を受賞し、香港映画の人気を再び呼び起こしたとも言われる『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』では、香港映画界のレジェンドであるサモ・ハンから、若手実力派まで、多様な俳優陣のアクションをまとめてきた。多国籍の現場で、谷垣氏はどのようにリーダーシップを発揮しているのか。その答えは「マイノリティであること」だった。

日本にいても香港にいても、完全に「内側の人間」だと感じたことはないという。『るろうに剣心』の撮影でも、日本をホームとは思わず、既存の型を「ぶっ壊す」くらいの覚悟で挑んだ。

「基本アウェイなんですよ。香港では、やたらきちんとした日本人のふりをして、日本にいるときは、遠慮のない香港人のように振る舞う。無意識にいろんなスタンダードを使い分けているのかもしれないですね」

言葉や文化の面で、自分は周りより不利だという「マイノリティ」という自覚があるから、誰よりも準備をし、誠実に仕事に向き合ってきた。任された以上の結果を出し続けることで、国籍の違うスタッフが集まる現場で信頼を得てきた。

映画『イップ・マン』で知られるドニー・イェン氏と。30年来の付き合いで、谷垣氏のアクション監督としての土台を築いた人物
映画『イップ・マン』で知られるドニー・イェン氏と。30年来の付き合いで、谷垣氏のアクション監督としての土台を築いた人物
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文=ベック知子 編集=石井節子 (写真は谷垣氏の提供による)

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