「塾に行かなかった」のはふたりだけ
9人のうち、高校時代に塾に通わなかったのはふたりだけだった。野球一筋で過ごしたS君と、前述のK君だ。残り7人は河合塾、駿台、トフルゼミナール、あるいは受験特化型の個別指導を受けていた。
「早慶コースに入れるかどうかで、合格率がだいぶ変わる」と教えてくれたのは浪人経験のあるU君だ。彼は偏差値34からスタートし、河合塾の早慶コース入塾資格を2ヶ月で取得した。「コースが違うとテキストが全然違う。そこを知らないとロスが大きい」
つまり、塾の中にも「情報格差」がある。地方の学生が不利なのは、学力よりも先に、こうした「ゲームのルール」を知る機会が少ないことなのかもしれない。
三重県松阪市出身のS君は別の突破口を見せてくれた。「SNSで勉強仲間を見つけて、名古屋や岐阜の人たちと繋がった。リアルで会わなくても、東京の大学に行くのが当然という感覚が、自然と自分にも育っていった」
SNSが「地方の天井」を壊す可能性を、彼は静かに証明していた。
それでも「残留派」が多数だった
「日本を出たい」vs「日本に残りたい」。学生になるとどちらかに分かれる、とある参加者は言った。
驚いたのは、9人のうち明確に「日本のために働きたい」と言った学生が複数いたことだ。イギリスのカーボンクレジット企業に日本人唯一の採用が決まったK君でさえ、「僕はあえて日本に残る選択をした。日本の環境問題をなんとかしたい」と言い切った。
海外勤務を視野に入れ、世界の都市交通とトラムの研究をするS君(慶應大学)は「海外の資本に押されていく現状を見ながら、日本の普通の企業で、自分と関わる人たちを、この国を、なんとか存続させていきたい」と言葉を選びながら語った。
グローバルエリートを育てたいなら、海外に出すことではなく、「出ても戻りたくなる国」にすることかもしれない、とあらためて思った。
否定しない親、という共通点
電車のない町から来たOさんも、反骨精神の塊だったK君も、オバマに憧れたS君も、話を聞いていてひとつの共通点に気づいた。親が「否定しなかった」という点だ。
「何も言わなかったけど、何でも受け入れてくれた」「フランスに行きたいとプレゼンしたら、ちゃんと聞いてくれた」「アメリカ大統領になりたいと言ったら、調べてみなと言われた」
大学進学の実績でも、収入でも、居住地でもない。子どもの「無謀な夢」をひとまず笑わない、それだけが唯一の共通点だった。
わが子の先輩方の合格発表も一段落し、うちの子の受験がまた1年、近づいたと緊張感が高まる家庭も多い季節。
今、我が子の志望校を「現実的に考えなさい」と言いそうになっている親御さんに、この話を届けたい。


