2015年創業のMMIは、まつ毛ほどの細さの針を使う超小型ロボットを用いて、アルツハイマー病治療の臨床試験を開始する。米食品医薬品局(FDA)による臨床試験の実施承認のもと、人を対象とした試験を行う。
まつ毛ほどの針を持てる世界最小のロボットで、アルツハイマー病手術の臨床試験
この数カ月間、フロリダ州、コネティカット州、ニューヨーク州の病院の神経外科医は、アルツハイマー病の治療を目指す極めて実験的な手術の準備を進めてきた。米国だけでも約700万人が患うこの病気は、深刻な記憶障害を引き起こす認知症だ。研究者の間では、脳内の老廃物が「脳内リンパ系」の働きの低下によって十分に排出されず蓄積することが、病気の特徴の1つだと考えられている。医師はすでに遺体を使って手術を繰り返し練習しており、脳への排出経路を開通させることを目標としている。これにより患者自身のリンパ系が活性化し、科学者が病気の特徴とみなす脳内の毒素を洗い流せる可能性がある。
医師がこの手術で使うのが、世界最小とされる手術用ロボット器具だ。この装置は、まつ毛ほどの細さの針を保持でき、人間の髪の毛ほどの太さのハサミや拡張器も操作可能だ。手術の対象となる首のリンパ管は、直径が0.2ミリほど、紙2枚分の厚さしかないという。このマイクロロボットを開発するMMIのCEO、マーク・トーランド(56)はこう説明する。「髪の毛を数本束ね、それを極小の縫合糸で結び合わせるような作業だ」。
研究チームは3月に、このマイクロロボットを使った手術を5人の患者に実施する計画だ。今回の臨床研究はまだ初期段階にあるが、過去5年間に中国などアジア各国で行われた約5000件の実験的手術の報告を土台としている。これら手術では、リンパ系の働きを通じて脳内に蓄積した物質を排出することが試みられてきた。結果の多くは症例報告にとどまるものの、注目すべき成果も報告されている。トーランドによれば、医師たちは病気の進行を遅らせただけでなく、中等度のアルツハイマー病患者がより軽度の段階まで回復した例もあるという。
2025年11月に臨床試験の実施のためのFDA承認を取得、手術が安全に行えるかどうかを確認する
MMIは2025年11月、臨床試験の実施のためのFDAの承認を取得した。最初の試験では15人を対象に、この手術が安全に行えるかどうかを確認する。初期試験が成功すれば、トーランドは2026年後半にも200~300人規模の大規模な臨床試験を開始したい考えだ。順調に進めば、2027年末までにこのマイクロロボットを用いたアルツハイマー病治療で承認を得られる可能性があると彼は考えている。
失敗例の山が積み上がってきた病に、2012年発見の脳内排出システムを根拠に挑む
彼らの取り組みは、かなり突飛なものに思えるかもしれない。アルツハイマー病は1度初期段階を過ぎると有効な治療法がほとんどなく、これまでの治療の試みもことごとく失敗してきたからだ。医療分野に150億ドル(約2.4兆円。1ドル=159円換算)以上を投資するディアフィールド・マネジメントのパートナーであり、MMIの投資家でもあるアンドリュー・エルバルディッシ医師はこう話す。
「投資家に『アルツハイマー病を治療できるかもしれない』と言えば、普通は『どうせうまくいくはずがない』という反応になる。この病気は生物学的に見ても極めて厄介な疾患で、どう治療すればいいのかという明確な仕組みが見えていない。これまで無数の研究や治療が試みられてきたが、失敗例の山が積み上がっている。そこが出発点だ」。
しかし、MMIの臨床試験は、近年明らかになってきた脳の老廃物排出システムに関する新しい研究成果を土台としている。この研究は、患者やその家族に新たな希望をもたらす可能性がある。
拍動式デバイスやタンパク質注入と並び、マイクロロボット手術も排出経路の回復を目指す
アルツハイマー病患者の脳には、アミロイド斑と呼ばれるゲル状の塊や、タウというタンパク質の蓄積が見られる。こうした毒性物質が積み重なるのを防ぐことはおろか、1度蓄積した後に取り除くことも、これまで極めて困難だと証明されてきた。しかし2012年に初めて発見された脳固有の老廃物排出システムが、新たな治療の可能性を開いている。研究者は、特定のタンパク質を注入したり、あごの周囲のリンパ節を拍動式デバイスで刺激したりすることで、脳内毒素の排出を助ける方法を模索している。マイクロロボットを補助とする今回の手術も、そうした老廃物が自然に排出される流れを取り戻すことを目的としている。
「これは配管の詰まりを改善するような手術だ。心臓手術では、動脈が詰まればバイパスを作って血流を回復させる。そうすれば心臓発作を防げる。今回の手術も同じ発想だ」と、MMIのトーランドCEOは説明する。



