中東で緊張が高まるなか、複数の大手海運会社が、この地域の重要な水路を通る運航を停止した。1904年にデンマークで創業した最古参の海運会社の1つであり、世界最大のコンテナ船会社でもあるマースクは、米国・イスラエルとイランの戦争に関連したミサイル攻撃を受け、紅海およびホルムズ海峡を通る航路が危険性を増すなか、船舶がそれらのルートを回避することで遅延が生じる可能性があると顧客に警告した。
船舶ははるかに長い喜望峰回りへと迂回し、アジアと欧州間の航海に約10日が上乗せされ、燃料費と輸送コストが大幅に増加した。
歴史家が示してきたように、グローバリゼーションは過去200年のあいだ波状的に進展し、結びつきの度合いにも差があった。だが、今日の高度に相互接続された世界は、企業の意思決定と商業的成果をなお形づくり続けている。
世界的紛争下のサプライチェーン寸断について、歴史が教えること
今日の私たちからは遠い話に感じられるかもしれないが、5世紀以上前の15世紀後半、一連の紛争のさなかに、オスマン帝国——東南ヨーロッパ、アナトリア、そして東地中海の大部分にまたがる領土を支配した広大な多大陸国家——は、当時独立した都市国家だったヴェネツィアおよびイタリア半島の他の勢力と戦争状態に入った。
地中海を挟んだ両政体は、欧州とアジアを結ぶ商業ネットワークの中核ノードであった。
紛争が勃発すると、アドリア海——ヴェネツィアにとって東方の高収益な香辛料市場へ向かう主要幹線——は戦場となった。封鎖、海賊の襲撃、そしてヴェネツィア政府による私有商船の海軍勤務への徴発が常態化し、貿易はたびたび寸断された。
近年の研究は、ルネサンス期に商人や商社がこうした混乱をどう乗り切ったかを示している。広範な商業ネットワークを持つヴェネツィアの富裕商人、アルヴィーゼ・ミキエルとマルコ・ベンボの2人は、紛争の異なる局面を経験しながら、高利益の東方香辛料を核とする事業が崩壊するのを目の当たりにした。
戦争によって収益性の高い東洋の香辛料の輸入が制限されると、1460年代のミキエルは商品ポートフォリオを多角化し、いわば「一時的な商品チェーン」を構築することで対応した。例えば、高級香辛料が入手できない時期には、アルプス山麓の低品質羊毛の生産と輸出へと事業を転換した。
一方、数十年後のベンボは、外国船を用い、オペレーションを分散させることで、資本損失と輸送遅延を緩和した。遠隔市場にいる代理人に自律的な行動を促し、当面は物流上の障害を現地で解決させたのである。
世界貿易ルートのさらなる混乱に備えよ
グローバル貿易の構造的な論理には、時代を超えた要素がある。マースクがいま行っている戦術的転換は、15世紀の商人たちが取った計算されたリスクと響き合う。
地政学的な混乱に直面したヴェネツィアの商人は、調達を多様化し、商品の出所を偽装し、遠隔地の代理人に権限を委譲し、既存の商品が市場から消えれば代替品を即興的に用意した。
こうした戦略はリスクを排除するものではない。だが、不安定な政治状況のなかでも商取引を動かし続けることを可能にした。
この観点から見れば、グローバリゼーションとは円滑な統合の物語というより、絶え間ない調整の物語であった。貿易ネットワークは拡大と縮小を繰り返し、戦争、関税、封鎖が繰り返し物流を途絶させ、企業は航路の迂回、サプライチェーンの再編、意思決定体制の組み替えによって適応する。
現代の海運会社と15世紀の商人を並べて見ると、世界商取引において不安定さは例外ではなく、繰り返し訪れる条件であることが改めて浮かび上がる。
パンデミックから関税戦争、重要な交易回廊での武力衝突に至るまで、企業は確立されたルートとサプライチェーンが崩れる局面に幾度も直面する。過去と現在の双方が示す教訓は、混乱をいかに回避するかではない。交易の地理が突然変わるとき、いかに適応するかである。



