インクルージョンはプログラムや方針から始まるのではない。リーダーがどのように見て、聴き、意思決定し、行動するかから始まる。
いまのビジネスの世界で、多様性・公平性・包摂(DEI)ほど、議論が過熱し、同時に誤解されがちなテーマは多くない。ある領域では、DEIは方針やプログラム、そして避けがたい政治的論争と同義語になってしまった。だが、その捉え方はあまりに限定的である。そうした枠組みは、インクルージョンの本質が「人」にあり、そして誰もが含まれなければならないという真実から、私たちの視線をそらしてしまう。
私は最近、「捉え直し(reframing)」の力について考えている。エグゼクティブコーチのジョエル・ジェイは先ごろ、捉え直しとは、より生産的に対応するために状況を別の見方で捉えるという意識的な選択だと述べた。ある企業幹部との対話で、その人物はキャリア初期の転機について語った。それは「こんなはずじゃなかった」という不満から「この経験から何を得られるか」という当事者意識へとマインドセットを転換した瞬間だった。状況自体は変わらなかった。変わったのは視点だ。そしてその転換が結果を変えた。
DEIについても、同様の捉え直しが必要である。
私は以前から、持続可能なインクルージョンは施策やコンプライアンスのチェックリストから始まるのではないと考えてきた。出発点はマインドセットである。インクルーシブなマインドセットは、好奇心、人間性、意図あるリーダーシップから始まるため、多様性と公平性を自然に内包する。
リーダーがDEIを一連のプログラムや取り組み、方針の推進として捉えると、その努力が本来支援するはずだった人々を周縁化してしまうリスクがある。特定の集団に向けたプログラムは、職場において彼らを「他者化」してしまいがちだ。するとプログラムは「彼ら」のためのものと見なされ、「私たち」のためのものではなくなる。そして「その集団」と自分自身の関係性をどう捉えるかによって、反発が引き起こされることもある。
前進したいなら、会話を「カテゴリー」から「カルチャー」へと捉え直さなければならない。コンプライアンスではなく、人を中心に据えるのだ。
インクルージョンは「見方」であり、視点の問題である
インクルーシブなマインドセットは、異なる問いを立てる。こう問うのだ。「誰の声が聞かれていないのか」「自分は誰の視点を見落としているのか」「自分の見方を広げるために、誰をテーブルに招くべきか」「自分自身の生きてきた経験に基づいて、どのような前提を置いているのか」。
最後の問いは、私たちが認めたがらないほど重要である。
キャリア初期の私は、紹介ネットワークや個人的なつながりの恩恵を受けた。そうしたネットワークは、私がリーダー職へ移る際も含め、前進を助けてくれた。だが同時に、個人にとって有効なものが、組織、ましてやグローバルな組織にとって必ずしも有効ではないことも、すぐに学んだ。
私がCEOとしてリーダーシップを担ったとき、その組織は人材の見極めにおいて、関係性と個人的な紹介に大きく依存していた。そのモデルはうまく機能してきたが、グローバルに拡大するようには設計されていなかった。組織が成長し、しかも賢明で持続可能な形で成長するなら、異なる背景、多様な人生経験、さまざまな文化的参照枠、そして自分の世界観を超えて学び考える好奇心を持つ人材を採用する必要があった。
私たちのグローバル展開が成功したのは、インクルージョンに根ざした戦略的要請としてDEIを真剣に受け止めたからにほかならない。私たちはマインドセットを広げた。ステークホルダーに向けて一方的に伝えるのではなく、ステークホルダーとつながった。多様で、グローバル志向で、マルチカルチュラル、そして多言語の労働力になることが、成功とつまずきの分岐点となった。私たちは組織を変革し、グローバルに拡大し、最終的に175カ国に到達した。
人生経験はリーダーシップの資産である
私が得た最も重要な学びの1つは、テーブルに多様な人生経験があることは見栄えのためではなく、有効性のためだということだ。
異なる視点は、リーダーの足元を確かにする。盲点を浮かび上がらせる。見せかけではなく、本物として感じられる形で組織が成長することを助ける。インクルージョンの核は、視点を広げることにある。
だから私は、メンタリングに意図を持ち、メンティーが自分とは異なる人々(背景、世代、経験)を含むようにしてきた。こうした関係は私の思考に挑戦し、リーダーシップを研ぎ澄ます。メンタリングは、うまく行えば相互的なものだ。教える一方で、聴き、学ぶことにもなる。
そして、メンタリングには信頼が伴わなければならない。信頼がなければ、人は正直に共有しない。自分を守り、十分に貢献しなくなる。私は以前、次の時代のリーダーシップを決めるのはテクノロジーではなく信頼である理由について書いたが、信頼なしにインクルージョンは成立しない。
なぜプログラムだけでは不十分なのか
多くの組織は善意からDEIプログラムを作ってきた。しかし時間の経過とともに、人よりも方針やプロセスを重視することが分断につながった要因の1つではないかと私は疑っている。インクルージョンが取引的なものになると、その目的そのものを損なう。
リーダーはオペレーション、収益のプレッシャー、緊急性に追われる。インクルージョンが後回しになるのは、リーダーが気にかけていないからではなく、意図が薄れていくからだ。
意図こそが、取り組むべき仕事である。
関係性に意図を持つこと。どのように、いつ、誰にコミュニケーションするかに意図を持つこと。障害が壁になる前に障害物を見極めることに意図を持つこと。誰の声を引き上げ、誰の声を見落としがちかに意図を持つこと。
インクルーシブなマインドセットは、組織やエグゼクティブのスピードを落とすものではない。明確さと結束をもって前進する助けになる。
テントを歓迎の場にする
インクルージョンとは究極的には、テントをできる限り歓迎的な場にすることだ。人が「自分は見られている、聴かれている、価値づけられている」と感じられるようにすることであり、それはその人が何者であるか、そして何をもたらすか、その両方によって成り立つ。
インクルーシブなマインドセットでリードすれば、多様性と公平性は自然についてくる。そうでなければ、どれほどプログラムや方針を整えても埋め合わせにはならない。
この局面で成果を出すリーダーは、「どのDEIプログラムが必要か、不要か」という問いだけを立てるのをやめ、「今日この意思決定において、この瞬間において、影響力を持つ立場としてこのテーブルに招いた人物において、自分はどれほどインクルーシブであれたか」と問うようになる。
真の前進は、その転換から始まる。私の懸念は、政治的に過熱し分断が深まる環境のなかで、あまりに多くのリーダーが、混乱の時代における重要な差別化要因としてDEIを受け入れることで労働力の将来耐性を高めるのではなく、コミットメントを後退させていることだ。



