イランは10月1日、イスラエルに対する直接の報復攻撃を行った。今回は事前にほとんど警告をせず、弾道ミサイルのみを用いた。4月の報復攻撃よりも強力なものだったが、イスラエルはしのいだ。10月26日、イスラエルは反撃に出て、イランのミサイル施設や防空網を狙った一連の精密空爆を実施した。対象には、ロシア製の先進的な戦略防空システムであるS-300も複数含まれていた。バイデン政権で中東関係の上級顧問を務めたエイモス・ホクスタインは、これらのシステムへの攻撃後、イランは「事実上丸裸」になったと指摘した。
一連の空爆はハメネイの身の安全に直接の影響を及ぼした。衛星画像には以前、彼がイラン北東部の都市マシュハドに滞在するのと時を同じくしてS-300の移動があったことを記録していた。
ソレイマニとナスララはそれぞれ生前、2011年に始まったシリアの凄惨な内戦で、バッシャール・アサド政権を支えるイランの取り組みを調整していた。2013年初め、ヒズボラはシリア内戦に直接介入した。2015年7月に始まった介入でヒズボラによる最も残虐な行為のひとつは、その部隊がシリアの町マダヤで約4万人を包囲する作戦に参加し、子どもを含む民間人を耐えがたい飢餓に陥らせたことだ。
イランとヒズボラという後ろ盾が動揺し、さらにはロシアもウクライナに対する戦争に注力するなか、アサドの残虐な支配は急速に終焉に近づいていた。反体制派はアサドをモスクワへのみじめな亡命に追いやり、2024年12月8日にその政権を打倒した。シリアの新たな支配者は、ヒズボラへの補給に不可欠な陸上回廊だったシリア領内への革命防衛隊の立ち入りを禁じた。
2024年は、抵抗の枢軸が戦略的に弱体化し、イランではハメネイからの秩序だった権力継承にメドが立たないまま終わった。追い打ちをかけるように、同年末にはトランプが再選を果たし、ホワイトハウスに復帰することになった。ハメネイが自覚していようがいまいが、彼の命運は尽きようとしていた。
翌2025年6月13日、ネタニヤフは、イラン国内で複数の軍指揮官を精確に殺害した一連の空爆に続き、「獅子のように立ち上がる民(アム・ケラビー)作戦」の開始を発表した。12日間にわたる戦争(十二日戦争)が勃発し、イスラエル軍戦闘機はイラン領空を支配し、ミサイル施設や核施設を攻撃した。イラン側は再び弾道ミサイル攻撃で報復した。当時、トランプや米国のメディアは、ハメネイが地下掩蔽壕で殺害される可能性に公然と言及していた。この戦争の終盤、トランプは「真夜中の鉄槌(ミッドナイト・ハンマー)作戦」を命じ、B-2「スピリット」ステルス戦略爆撃機が強力なバンカーバスター爆弾でイランの主要な核施設を爆撃した。イランは報復として域内の米軍駐留基地、今回はカタールのアル・ウデイド空軍基地に対して事前に察知可能な弾道ミサイル攻撃を行った。ほどなくしてこの戦争は終結した。


