2026年2月28日がイランと中東の歴史の転換点になったのは間違いない。米国とイスラエルが「壮絶な怒り(エピック・フューリー)作戦」「獅子の咆哮(シャアガト・ハアリ)作戦」という露骨なコードネームのもと合同で実施した攻撃は、複数の報道によればイランの指導部とミサイル計画に甚大な打撃を与えた。この攻撃の規模や連携の度合いなど多くの点で前例のないものだった。その日の終わりごろには、イランを長年支配した最高指導者アリ・ハメネイの死亡が確認された。
イランと中東が今後どの方向に進むのかは不透明だ。一方、ハメネイを殺害した攻撃が突発的に起こったものでないのは明白である。この攻撃は、ハメネイが域内の諸勢力との対立や代理戦争で犯した誤算、国内の経済失政、そして政治弾圧が長年続いた末の劇的な帰結だった。ドナルド・トランプ米大統領の1期目にさかのぼり、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃を経る一連の出来事が積み重なった結果、ハメネイの死につながったということだ。
多くの観測筋は2023年末時点で、イランの2024年は権力継承の年になると見込んでいた。80代と高齢のハメネイにとって、1989年にルホラ・ホメイニから引き継いだイスラム体制の存続・継続は何よりの優先課題だった。
国内では、ハメネイの体制は2022年の「女性・生命・自由」抗議デモを乗り切ったばかりだった。このデモは、すべての女性に対するヒジャブ着用義務をはじめ、体制による数多くの制限の撤廃を求めるものだった。地域では、パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスがイスラエル南部で悪名高い10月7日の大量虐殺を行い、イスラエルとの未曾有の戦争を引き起こした。ガザでのこの戦争は破滅的なものになった。
イランと、域内でその最も強力な代理勢力だったレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは、何年もの間、イスラエル北部ガリラヤ地方での同様の越境作戦を策謀していた。ハマスによる2023年10月7日の攻撃よりも、もっと大規模な虐殺や人質拘束が計画されていた。裏を返せば、ハマスはヒズボラを決定的に出し抜いた格好になった。
老練の指導者ハサン・ナスララに率いられたヒズボラは、イランから不可欠な支援と資金を受けて、ハマスよりもはるかに大規模で洗練されたロケット弾・精密誘導ミサイル備蓄を構築していた。理論上は、イスラエルの主要都市を壊滅させることが可能なほどのものだった。しかし、ヒズボラがこれらの兵器を実際に大規模な攻撃に用いることはなかった。ヒズボラは代わりに、国境周辺での低強度の報復の応酬にイスラエル軍を張り付けようとした。ヒズボラの狙いは、本格的な戦争への制御不能なエスカレートを避けながら、イスラエルの軍事リソースをガザから分散させることにあった。



