食品流通業界は数兆ドル規模の巨大市場だが、その業務の多くはいまだにスプレッドシートや電話、紙のメモといったアナログな手段に依存している。AIスタートアップ各社は、この非効率がもたらすコストは限界に達していると見ており、そこに新たなビジネス機会を見出している。
食品卸売業者向けのAIエージェント・プラットフォームを手がける「アンカー(Anchr)」は、このほど580万ドル(約9億2000万円)の資金を調達した。同社がターゲットとする食品流通業界は、純利益率がわずか3%という極めて薄利のビジネスだ。ニューヨークを拠点とするアンカーは、幼なじみのツァール・タラポルヴァラとスマヤン・メフラが共同創業した。同社は、多くの企業が依存するERP(基幹系システム)を置き換えるのではなく、ERP上では処理されない煩雑な手作業をAIで自動化することに挑んでいる。同社はベンチャーキャピタルa16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)が運営するアクセラレータープログラム「Speedrun」に参加している。
このタイミングでの資金調達には大きな意味がある。関税圧力や労働力不足、そして常態化する利益率の圧迫に直面し、食品卸売業者は厳しい経営環境に置かれている。こうした状況の中、業務効率化ソフトウェアへの投資は、もはや企業の存続を左右する取り組みとなりつつある。
ERPでは業務は自動化されない
食品流通業界において、ERPは数十年にわたり業務基盤として機能してきた。しかし、タラポルヴァラは「ERPは常に、実務を遂行するためではなく、あくまで取引を記録するために設計された帳簿だ」と指摘する。発注書の作成から仕入先への支払い調整、入荷在庫の管理といった実際の実務は、常にERPの外側で処理されてきた。メールのやり取りやスプレッドシート、そしてソフトウェアが学ぶことのないノウハウを蓄積してきた従業員の知識に依存する形で、実務は回ってきたのである。
アンカーの初期顧客であるボストンの魚介類卸売業者は、年商約1億5000万ドル(約238億円)もの事業規模でありながら、営業チームは毎朝午前3時に出勤し、1日の業務時間の4割を手作業によるデータ入力に費やしていた。
「卸売業者が行う業務は、受注から請求書の発行までのプロセスに集中している。その大半はERP内で処理されるのではなく、メールやスプレッドシート、時には紙の書類上で行われている」とメフラは指摘する。
アンカーのアプローチは、ERPやCRM、各種コミュニケーションチャネルといった既存システムに接続するAIエージェントを活用し、これらの中間業務を自動化することにある。同社が顧客に打ち出すのは、「人員を増やすことなく事業を拡大できる」という極めて明快なメッセージで、薄利に悩む卸売業者にとって非常に説得力がある。



