『ヴィーナスの誕生』という世界的な名画をご存じだろうか。古典神話のヴィーナスが生まれて、海岸にたどり着く様子が描かれた絵画だ。この作品名にある「誕生」という視点から、この絵を見てみると別の側面も浮かび上がってくる。
本当の教養は額縁の外にある。美術史作家、美術史ソムリエの井上響さんが誰もが知っている名画の誰かに話したくなる48の物語をつづった『ムンクは何を叫んでいるのか』(サンマーク出版)から2つの名画の物語について一部抜粋、再構成してお届けする。
全員が大人なのに「誕生」という矛盾
なぜヴィーナスには「へその緒」がないのか?
→ ヴィーナスには、母親がいない
『ヴィーナスの誕生』(1485頃)
作者:サンドロ・ボッティチェッリ
所蔵:ウフィツィ美術館
世界で最も美しい誕生シーンとして知られるこの絵。
しかし、よく見ると奇妙なことに気づかないだろうか。
まず、「誕生」とタイトルについているにもかかわらず、誰も赤子の姿ではない。
そして、中央の裸の女性=ヴィーナス本人のお腹をよく見てほしい。
へそはある。しかし、母親から栄養をもらう「へその緒」の痕跡がないのだ。
これは一体どういうことなのか?
絵をもう一度見てみよう。巨大なホタテ貝の上に立つ全裸の女性。風に吹かれて岸に近づいている。
左側では翼を持つ男性が頰を膨らませて風を送り、その隣の女性と絡み合っている。
右側では、花柄のドレスを着た女性が、今まさに布を広げて裸体を隠そうとしている。
全員が大人。それなのに「誕生」。
この矛盾の答えは、ギリシャ神話の中で最も異常な誕生物語に隠されている。
ヴィーナスには、母親がいない。
正確に言えば、父親の性器から生まれたのだ。
太古、世界を支配していたのは天空神ウラヌスだった。
彼は大地の女神ガイアと夫婦になり、多くの子をもうけた。



