「売らなくていい──」。これはオニツカタイガーの庄田良二カンパニー長が、同社内で接客を担当する店舗スタッフたちにかけた言葉だ。オニツカタイガーが重視するのは商品の売上ではなく、顧客の「五感」に働きかけるブランド体験だ。
アシックスが展開するブランド、オニツカタイガーは大きな成長を遂げている。ブランド単体での2025年1〜12月期の売上は、前年同期比で43%増の1365億円。2011年の約100億円から約13倍になった。国内売上はインバウンドが牽引し、2025年1〜12月は前年同期比で64.7%増の671億円に上る。
そうした中、今年1月には鳥取県境港市にブランド専用の生産拠点「オニツカイノベーティブファクトリー(以下OIF)」をオープン。同社はこの拠点を、ブランドの聖地にしようしているという。なぜ今、聖地を生み出そうとしているのか。そしてブランドの躍進を可能にしているものとは何か。キーマンの庄田に聞いた。
AIには決して代替できない、「オニツカらしさ」の源泉
オニツカタイガーは1949年、鬼塚喜八郎が設立した会社、鬼塚によって歴史の幕を開けた。1977年、3社合併により社名がアシックスとなったことをきっかけにブランドを一時休止したが、2002年には復活。2019年からアシックスで唯一独立採算の社内カンパニー制によって運営され、現在は「ラグジュアリーライフスタイルブランド」として事業を展開している。
今回オープンしたOIFの前身は1969年、鬼塚が自らの生誕地に地域貢献を目的として創業した鳥取オニツカ(のちの山陰アシックス工業)。半世紀以上にわたりトップアスリートのオーダーメイドシューズや、ランニング、バスケット等のスポーツシューズ、そしてオニツカタイガーの生産を担ってきた。今後、OIFはオニツカタイガーのなかでも、「NIPPON MADE」やドレスラインの「THE ONITSUKA」といった付加価値の高い商品群に特化し、年間約28万足の生産体制を敷くという。
「お客さまの五感に訴える最たるものが、クラフトマンシップ。少し歪んだ線が美しく見える感性は、AIにできないものづくりであり、その根拠となるのが境港の工場だ。我々の技術だけではなく、歴史、ヘリテージが根付いた場所を守り続けることが(2049年の)100周年へ向かうために必要だと再認識し、もう一度原点に戻ってスタートすることにした」(庄田)
OIFには現在、約160名の職人が在籍し、革の裁断から縫製、成形、加工までを手作業で行う。靴の形に組み上げた状態の製品に、箔押しやひび割れを入れるクラッキングなどの2次加工が強みだ。これまでGIVENCHY(ジバンシィ)など世界のラグジュアリーブランドを魅了し、境港の地から数多くのコラボレーションモデルを世界に送り出してきた。同工程は、社内独自の認証基準「マイスター制度」に合格した10名ほどの職人が担う。
「最初は洗いの加工から始まり、『(染色後に表面を)少し削ってみよう』と試行錯誤の積み重ねがあり、今の技術がある。手を動かす職人がいて、横で見ていた人が育ち、継承されていくものがある。AIが登場したことで、ますます人が大事な時代になっている。データにできない技術と人を伝承し、OIFを訪れた人に『こんなに丁寧に作られていたのか』と感じてもらうことが、ブランド体験の本質」(庄田)



