2人はこうした「RoCS」などの新語を提示するとともに、インダストリアル・インテリジェンス・スタックと呼ばれる概念(後述)を、科学技術における新たな変化の中核として位置づけている。一方、「2026年」が「2030年」へと移り変わるにつれて、重要な分野では目を見張る革新が起こるという。
医療分野では、移植用の臓器を製造するバイオファブリケーションが登場し、都市の空気はスマートエネルギーシステムによって浄化されるようになる。また、「アバンダンス・フライホイール(豊かさのはずみ車。先行投資したコンピュートが難題を次々と解決し、その余剰が次の挑戦を加速させる状態)はあまりに高速で回転しており、進歩という遠心分離機が本質と雑音を分離し始めている」
2人はこの文章が意味することを、単なる比喩ではなく、現代の科学的知見に基づいて丁寧に示している。SFホラー小説『ステップフォードの妻たち』を思わせる部分もあるが、これらのほとんどはいずれ実現しそうだ。しかしその他の領域は、SFではなく、すでに現実になりつつある。
古いコミック『ディック・トレイシー』に出てきた腕時計型のテレビ電話を覚えているだろうか。
1980年代、私たちが『ディック・トレイシー』を読んでいた頃、あの技術はまさにSFで、現実には存在しなかったし、実現する手段もなかった。もし本気で作ろうとしたなら、科学者らはブラウン管テレビと固定電話の音声を組み合わせて作らなければならなかっただろう。
しかしその後「ムーアの法則」(半導体の性能が約18カ月ごとに2倍になるという経験則)が現れ、インターネットが誕生した。そして今では、私たちはスマートフォンでビデオ通話を行い、ノートパソコンでZoom会議を行っている。 SFが現実になるとき、それは実にさりげなく起こる。ふと気づけば、それが「当たり前の日常」になっているのだ。
だがこの論考で2人が描き出す未来は、あまりにも非現実的に思える──「腎不全を患った患者がある日、東京の病院を訪れる。その3日後には、拒絶反応を抑える薬を必要としない、患者自身の細胞をもとにバイオ3Dプリンターで『プリント』された腎臓の移植手術日が決まる。臓器の待機リストは、もはや存在しない。遅れがあるとすれば、それは単なる『在庫管理ミス』によるものだ」
2人はこの論考全体を通して、強力なテクノロジーが「生死を分けるような重大な問題」を、まるで「事務手続きのような些細な問題」に変わえてしまう様子を、独特の語り口で描いている。
「エネルギーはもはや足りる・足りないの問題ではなくなる」と2人は書く。「問題はただ『どこに回すか』だ。(彼らが描く未来では)投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを生み出す世界初の核融合パイロットプラントはすでに点火している。そしてその安定化を担っているのは人間の技術者ではなく、マイクロ秒単位でプラズマの乱れを制御するAIだ」


