マーケティング

2026.03.09 16:33

ブランドストーリーを薄めてはいけない──「具体性」こそがグローバルな共感を生む

stock.adobe.com

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ブランドストーリーテリングには、国際的なオーディエンスに届けることを語るほぼすべての会話の水面下に、根強い不安が流れている。すなわち、物語が生まれた場所に近ければ近いほど、別の場所では受け入れられにくいのではないか、という不安だ。この思い込みのせいで、多くの組織は「普遍的な訴求」を求めてコンテンツの個性を削ぎ落としてしまい、皮肉にもかえって記憶に残りにくくしている。

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普遍的な訴求力に合わせて調整することが過去の常識だったとしても、いまやオーディエンスの視聴習慣は、それがこれまで以上に不要であることを示している。過去10年間で最も視聴された物語は、場所、文化、そして賭けられているものにおいて深く根ざした、きわめて具体的な作品だった。アメリカのオーディエンスもグローバルなオーディエンスも、繰り返し、紛れもなく示してきたのは、具体性と文化へのアクセスへの渇望である。

これを最も理解しやすい立場にいるのは、自分の周囲の文化のどこに魅力があるのかを見抜き、その魅力をまだ体験したことのないオーディエンスへどう伝えるか、その隔たりを橋渡しできる人々である。南アフリカの制作会社Fell & Coの創業者グレッグ・フェルは、まさにその文脈で活動している。2025年のMIPCOMで彼が連れてきたのは、長年ともに築いてきた2つのブランドの担い手たちだった。マメロディ・サンダウンズFCの会長トロピエ・モツェペと、ロンドロジ動物保護区のマーケティング責任者アマンダ・リッチーである。彼らの共同の取り組みは、各ブランドだけが語れる文化に根ざした固有の物語にスポットライトを当て、自分たちにしか言えないことに全力でコミットしたときに何が起きるのかを示すケーススタディとなっている。

モツェペとリッチーが、それぞれのブランドが現在の姿に至るまでの起点について背景を語るのを聞いて、両者に固有で文化的に具体的な物語が内在していることは明白だった。これらのブランドが直面する緊張は、業界全体を貫くそれと同じである。つまり、自分たちが持っている物語が国境を越えて機能すると、どこまで信じられるのか。従来のマーケティングであれば、より普遍的な訴求力を持つ既定路線のナラティブに手を伸ばすかもしれない。だがFell & Coとこれらのブランドは、手を加えない真正性を選んだ。

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彼らにとって、そしてローカルな物語をグローバルに展開しようとするあらゆるブランドにとって、核心はシンプルである。文化的な具体性と独自性こそが、グローバルな関連性を生むメカニズムそのものだ。重要なのは、これが多くのブランドが国際的なオーディエンスを考えるときの論理を反転させ、一般化したくなる衝動を、より深く掘り下げる規律へと置き換える点にある。

その証拠は抽象論ではない。2020年にFell & Coがマメロディ・サンダウンズの女子サッカーチームの撮影を提案したとき、社内での説得は容易ではなかった。リソースは男子チームに集中しており、南アフリカの女子サッカーにはプラットフォームも商業的な前例もなかった。だがそこには物語があった。男子チームが当然のように享受しているインフラなしで活動するチームの勝利の物語だ。それを記録する決断が下され、完成した作品はNetflixに売却された。この結果は、クラブがストーリーテリングでなし得ることへの理解を塗り替え、他の誰にも語れない物語が、それにふさわしいオーディエンスを見つける力を持っていることを実証した。

ロンドロジでは、同等の賭けがいまも進行中である。創立100周年を迎えるにあたり、リッチーは、1フレームも撮影する前に、保護区の歴史の層を吸収するのに2年半を要したプロセスを語った。保護区が実際に何であるかという重みと向き合うことで、来訪者として現地を訪れる人々の外側にいるオーディエンスへ、ロンドロジのヒョウがもたらす驚異を共有できる機会が見えてきたという。いま同社のYouTubeチャンネルは、毎週のライブサファリを260万人の登録者に向けて配信している。有料のプロモーションではなく、他では得られないものへの一貫した、媒介されないアクセスによって築かれた、深くエンゲージメントの高いグローバルコミュニティである。

両ブランドを通して、ブランドと物語の交差点で働く誰にとっても、あえて明確に名指しするに値する原則が浮かび上がる。

具体性こそが戦略である。どちらのブランドも、外部向けに起源を薄めることはなかった。プレトリアのタウンシップに根差すサッカークラブも、南アフリカの奥地にある動物保護区も、誰か他者の基準で「わかりやすい存在」になろうとはしなかった。それぞれの独自性こそが、見る価値を生み出しているのだ。

物語は、広告では得られないものを獲得する。モツェペは、自クラブが置かれた競争環境について率直だった。アナリストや解説者、YouTubeの発信者たちが、クラブが関与するかどうかにかかわらず、サンダウンズのアイデンティティを絶えず語っている。ストーリーテリングは、ナラティブを握るための手段である。

信頼は構造である。リッチーは、ロンドロジとFell & Coの関係を、ベンダーとしての取引ではなく相互交換だと表現した。責任をもって語るために、何年分もの歴史を吸収しなければならない制作パートナーである。その信頼の深さこそが、単にブランドを「表象する」コンテンツと、実際にブランドを「運ぶ」コンテンツを分ける。

この2つの南アフリカのブランドは、興味深いストーリーテリングの地理が固定されたものでは決してなかったことを示している。プレミアムなグローバルコンテンツは一握りの制作拠点から生まれる、という思い込みは崩れつつある。オーディエンスは、作り物ではなく本当に発見されたと感じられる世界へのアクセスに、ほぼ無限の渇望を示してきた。これを理解するブランドは、基盤を整え、オーディエンスを育て、場所の厚みが距離を越えて伝わることを信じている。

この領域で形成されつつある基準は、必ずしも制作価値や配信到達度の話ではない。むしろ中心にあるのは、具体性と代替不可能性だ。別のブランドが、あなたのブランドの物語を語れるだろうか。答えが「ノー」なら、世界と共有するに値する何かをあなたは手にしているのかもしれない。

forbes.com 原文

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