企業が「物言う社員」を評価する理由
多くの職場では、自身のアイデアをアピールし、チャンスに積極的に反応するタイプの人は、志が高い、あるいはリーダーとなる準備ができていると評価される。一方、自分から動かずに、目を向けてもらえる機会を待っているタイプは、未来の意思決定者というよりも、安定した貢献をする従業員と捉えられがちだ。
自信は可能性と解釈され、適応力は安定性と解釈されるものだ。
しっかりした実績を出していても、手のかからない部下とみられるような行動は、本人の意図に関係なく、「志が低い」と受け止められやすい。上司からは、現在の地位で満足している者と思われてしまうかもしれないからだ。
昇進においては、実際のアウトプットだけでなく、周囲からの印象がものを言う。
適応力と発言力のあいだでバランスの見直しを
この問題の解決策は、認知度を上げるために、もめ事を起こしたり、扱いが難しい人になったりすることではない。適応力に併せて発言力をつけることが、解決への道だ。
従業員は、柔軟性を保ちながら、自身の努力を可視化することができるはずだ。トレードオフを明確に言葉で表現し、受け入れ能力には限界があることを明示しよう。また、自身の能力を伸ばす可能性があるチャンスには、積極的に関心を表明することだ。
適応力は、黙って耐え忍ぶ能力ではなく、戦略的な貢献と捉えられるべきだ。
上司の側にも責任はある。注意を向ける対象を選ぶ際には、単なる「声の大きさ」以上の要素に着目しなくてはならない。「不平不満を言わず、変化を受け入れている者は誰か?」と問いかけることで、目に見えない貢献を水面下からすくい上げることができる。こうした努力を公の場で認めることが、バランスを失った交換関係の再調整につながるはずだ。
自分を殺して働くことが、信頼性の高さの必須条件になることはあってはならない。手のかからない部下でいると、プロ意識が高いように感じられる。当面の摩擦は回避でき、職場の和を保つことはできるだろう。だが、誰かの沈黙に依拠した「職場の和」はもろいものだ。
適応力は力になる。これが発言力と合わされば、影響力になる。しかし、発言力と切り離された状態では、搾取を許すことになる。しかもこれは、目に見えず、意図されない形で進行するケースが多い。
常に「手のかからない部下」でいることの真の代償は、エンゲージメントの低下や消耗だけではない。チャンスが失われることだ。
職場は常に、静かに変化を受け止める者を評価するとは限らない。むしろ、目に見える貢献をする者に報いるものだ。
「手のかからない部下」と思われがちな人が取り組むべきなのは、状況への適応をやめることではない。真の課題は、自らの適応力が自分の首を絞め、見過ごされる理由になってしまうことがないよう、気を配ることだ。


