「優良社員」のアイデンティティは、裏目に出ることもある
多くのプロフェッショナルは、「頼りになる」「謙虚さ」といった特質を中核として築き上げたアイデンティティを内面化している。こうした人にとっては、プロ意識とはすなわち、感情の抑制だ。彼らは、助けを求めることは弱さの表れだと信じている。
こうしたアイデンティティは、自己強化的に働くことがある。上司が「一緒に働きやすい人」として部下を称賛すると、こうした行動はさらに強化される。この場合、部下はさらに融通を利かせようとするはずだ。
しかし、こうしたアイデンティティには代償が伴う。人はさまざまな形の「交換」によって関係性を維持するという「社会的交換理論」に即して考えると、職場での人間関係は、お互いが与え合っていると認識する互恵関係に基づいて機能しているはずだ。だが、部下の側が、限界を示すことなく常に与える側に立つ状況では、この互恵関係のバランスが崩れてしまう。これは、上司の側に悪意があるからではなく、バランスが崩れた状態が言語化されずに放置されるからだ。
言語化されない不均衡は、放っておいても自然に修正されることはめったにない。
「手のかからない人」は「目立たない人」
認知を受けずに状況に適応する状態が続くと、時とともに鬱屈した憤りがひそかに生じていくこともあり得る。決して反抗しない部下が、自分は見過ごされていると感じ始めるかもしれない。昇進の機会を逃し、成長の機会がよそへ行ってしまうからだ。
上司の側は、文句を言わない部下は満足していると決めてかかるかもしれない──懸念が顕在化しないためだ。また、部下の側も、貢献が認められないため、目立たない状態を当たり前と思ってしまう。
これは、ひそかにエンゲージメントの低下が始まる状況だ。こうした状況は、劇的な争いからではなく、状況への適応が繰り返されることを通じて生まれる。
問題は、適応力そのものではない。際限なく適応してしまう状況にある。


