企業における後継者計画の議論は、どこでも同じ筋書きをたどる。ベビーブーマーが引退し、X世代が台頭し、ミレニアル世代が控えている。人事部門はこの移行を前提に人材パイプラインを構築し、コンサルタントはそれに基づいてリーダーシップ開発プログラムを設計し、取締役会はその枠組みに沿った後継者計画を承認する。
ただし問題が1つある。実際に意思決定をしている人々が、この筋書きに当てはまらないのだ。
バラク・オバマが「私はジョーンズ世代の一員だ」と語ったとき、彼は標準的なカテゴリーの狭間に位置する世代アイデンティティを示していた。後継者計画の枠組みにも、同様の単純化が見られる。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、ティム・クックのいずれも、後継者計画の主流となっている世代の筋書きにきれいに当てはまる存在ではなかった。
ジョーンズ世代とは、1954年から1964年の間に生まれ、現在62歳から72歳の人々を指す。過去10年以上にわたり、CEOや取締役会議長の役職で不釣り合いなほど多くを占めてきた世代だ。文化評論家ジョナサン・ポンテルが提唱したこの呼称は、初期ベビーブーマーに約束された文化的恩恵を受け継ぎながらも、より制約の多い経済環境のもとで成人期を迎えたコホートを指す。だが、人材戦略を導く世代別労働力モデルにおいては、ほぼ完全に見落とされている。この不可視性は些細な話ではない。いままさにあらゆる組織で影響が顕在化している、構造的な欠陥なのだ。
測定のギャップ
世代別の労働力分析を開けば、たいていこう書かれている。ベビーブーマー(1946〜1964年)、X世代(1965〜1980年)、ミレニアル世代(1981〜1996年)。一見すると包括的な枠組みに見えるが、62歳と80歳を同じカテゴリーにまとめ、どちらも「ブーマー」と呼んでいることに気づいた瞬間、その粗さが露呈する。
1948年生まれは、実際の繁栄期に成人した。仕事があり、年金があり、手の届く住宅があり、経済は拡大していた。一方、1960年生まれは、子ども時代に同じ約束を刷り込まれながら、スタグフレーション、オイルショック、大量解雇、終身雇用の組織的な崩壊の中で成人期を迎えた。同じラベルでも、形成期の経験は根本的に異なる。
多くの人材分析はジョーンズ世代を完全に無視するか、本来属さないブーマーのカテゴリーに埋没させている。後継者計画の意思決定を行っている世代を、世代枠組みが消し去っているのであれば、その枠組みに基づくあらゆる戦略がその誤りを引き継ぐ。
そして、その誤りは増幅していく。
ジョーンズ世代のリーダーが学んだこと、そして教えていること
ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも、権力の座を継承したわけではない。年上のブーマーがテクノロジーとビジネスの世界を支配し、後進に場所を譲る気などまったくない時代に成人した。既存の構造が彼らを受け入れなかったため、2人はいずれも並行する構造を自ら築かざるを得なかった。
彼らは順番を待たなかった。新しいゲームをつくった。
いま、彼らの世代がその構造を動かしている。そして多くのジョーンズ世代のリーダーは、かつて自分たちがされたのと同じことを、ミレニアル世代に対して行っている。革命的な部分ではなく、もう一方の部分を。育成期間を延長し、準備要件を追加し、「準備ができている」の定義を変え続けている。後継者計画を使って、自分たちを遅らせたシステムを再現しているのだ。
悪意からではない。それが、彼らが有効だと経験した唯一のリーダーシップ育成モデルだからだ。
準備度のパラドックス
65歳の経営幹部が48歳の後継者候補を見て「もっと育成期間が必要だ」と言う。人事部門は、経験に関する典型的な慎重さだと解釈する。だがその65歳はジョーンズ世代だ。年上のブーマーが動かなかったため、現在の役職に就いたのは55歳になってからだった。彼らは慎重になっているのではない。自分の歩みにとって意味があったタイムラインを、まったく異なる状況に直面している人物に無意識のうちに投影しているのだ。
スペンサー・スチュアートの経営幹部交代に関する調査によると、2010年代から2020年代前半にかけて、新任CEOの平均年齢は50代半ばで推移し、60歳以上で任命された割合も相当数に上った。例えば2024年、S&P 1500企業の新任CEOの平均年齢は55.7歳で、約30%が60歳以上だった。このパターンは、リーダーシップへの道のりが長期化し、組織階層がフラット化していることを反映している。
彼らは、リーダーシップには十分な経験の蓄積が必要だと内面化した。自らの経験がそれを求めたからだ。いま、彼らはそのレンズを通して育成プログラムを設計し、ジョーンズ世代が直面した構造的障壁とは無縁の後継者たちのタイムラインを人為的に引き延ばしている。
後継者候補には恣意的なゲートキーピングに見える。ジョーンズ世代のリーダーには適切な厳格さに見える。どちらも自分が経験したことについては正しい。だが、組織の世代枠組みがジョーンズ世代の存在を認めていないため、どちらも相手の現実を見ることができない。
ジョーンズ世代は、制度が約束を破る時代に成人した。年金は消え、レイオフが襲い、「終身雇用」は存在すると言われている最中に終わった。これにより、ブーマーの制度への信頼ともX世代の自己依存とも異なる心理が生まれた。
その結果、加速よりも持久力を重視するリーダーシップスタイルが生まれることが多かった。
その帰結として、エンパワーメントや育成について洗練されたレトリックを掲げながら、実際の意思決定権限の移譲は最小限にとどまる後継者計画が生まれた。ジョーンズ世代は、権限は約束されることで得られるものではないと学んだ。他の全員より長く持ちこたえることで得られるのだと。
彼らが権力を手放さないのは、存在意義にしがみつくブーマーだからではない。自分たちにとって唯一機能した権力への道筋を再現しているのだ。多くの組織は、ブーマーからX世代への継承を計画していると考えている。だが実際には、60代半ばのジョーンズ世代リーダーから40代半ばのミレニアル世代への引き継ぎが行われているケースが少なくない。
ジョーンズ世代は、ブーマーのタイムラインでは引退しない。なぜなら、彼らはブーマーのようなキャリアを歩んでこなかったからだ。彼らは、自分たちを形づくった条件を通じて準備度を定義する。
育成期待のミスマッチ
ジョーンズ世代のリーダーは、育成は自分たちの歩みを反映すべきだと考えることが多い。希少性の中で自分を証明し、順番を待ち、数十年かけてゆっくりと信頼を獲得する。これらは好みではない。実際に機能した生存戦略なのだ。
彼らが育成しようとしているミレニアル世代やZ世代は、ジョーンズ世代が20年待つのを見て、このシステムは壊れていると結論づけた。一方の世代は、忍耐と粘り強さがいずれ報われると学んだ。もう一方の世代は、忍耐を説く人々が、それを説きながら20年間足止めされていたと学んだ。
ジョーンズ世代のリーダーが「この有望人材にはもう少し助走期間が必要だ」と言い、ミレニアル世代の後継者候補が「この人は結局、引き継ぐつもりがないのだ」と聞くとき、どちらも自らの経験から語っている。組織はこのギャップを埋めることができない。なぜなら、その枠組みが、リーダーシップ育成の仕組みについて固有の前提を持つ固有のコホートとしてジョーンズ世代の存在を認めていないからだ。
なぜいま破綻しているのか
ジョーンズ世代は歴史的な文脈ではない。彼らは今日、後継者計画の意思決定を行っている。
X世代の最年長は61歳。ミレニアル世代の最年少は30歳。スペンサー・スチュアートの最新データによると、S&P 500企業のCEOの平均年齢は59歳近くで、退任するCEOの平均年齢は60代前半だ。同時に、2025年のS&P 1500企業の新任CEOの平均年齢は54.4歳で、84%が初めてのCEO就任だった。これは、過去10年間の現職リーダーの多くがジョーンズ世代に該当する中でも、離職率の加速と若年化が進んでいることを示している。彼らはこれらの役職に近づいているのではない。すでにその座にいる。そして多くは、枠組みが予測したよりもはるかに遅くそこに到達した。
ジェフ・ベゾスは62歳。ティム・クックは65歳。現在のフォーチュン500企業のCEOのかなりの割合がジョーンズ世代に該当する。自らが後継者としての昇進を遅らされた経験を持つ彼らの多くが、いま、「準備ができている」とは何を意味するか、育成には何が必要か、いつ権限を移譲するかを定義している。
これにより、「ブーマーが引退しない」ように見えるが、実際には異なる機能を持つボトルネックが生まれている。45歳でリーダーシップに到達し、30年間組織を率いてきた中核的なブーマーは、55歳で同じ役職に就き、15年間権力の座にいるジョーンズ世代のリーダーとは、退くことへの関係性が異なる。
一方のグループは長い任期を延長している。もう一方のグループは、ようやく約束されたものを手に入れたばかりで、まだ手放すことなど想像できない。
誤った世代地図に基づいて構築された人材戦略では、この問題を解決できない。起きていない移行を計画してパイプラインを構築することはできない。「準備度」が、モデルが捉えていない経験を持つコホートによって定義されているとき、準備度のギャップを埋めることはできない。
後継者計画はすでに苦戦している。調査では一貫して、大多数の取締役会がCEOパイプラインに自信を持っていないことが示されている。だが、ほとんどの枠組みはコンピテンシーマッピングと後継者候補層の厚みに焦点を当てており、準備度がどのように定義されているかを形づくる世代的前提には目を向けていない。私たちはスキルを測定している。測定する側のレンズを検証していないのだ。
見えない再生産
多くは結局、成功を収めた。新しい道を切り開き、かつて自分たちを排除した構造を最終的に動かすようになった。だが、生き残るのに役立った論理がいま、彼らが準備度を定義する方法を形づくっている。彼らの経験では、リーダーシップには持久力が必要だった。権限は遅延を通じて獲得された。その条件づけは、トップに到達しても消えない。
彼らにとって準備に見えることが、次の世代には反復に見えることがある。一方のコホートは厳格さを見る。もう一方は停滞した引き継ぎを見る。
ジョーンズ世代をブーマーとして扱う後継者計画の枠組みでは、「準備度」を定義している65歳が、準備度とは55歳まで待つことを意味すると学んだことを示すことができない。課されているタイムラインが、現在の組織のニーズではなく、あるコホートの形成期の経験を反映していることを明らかにできない。
人材リーダーが見落としていること
組織は、ミレニアル世代にリーダーシップの準備ができているかどうかを議論する。X世代がスキップされたかどうかを議論する。ブーマーがいつか引退するかどうかを議論する。
本当の問いはこうだ。後継者計画の枠組みが、後継者計画の意思決定を行っている世代──彼らの形成期の経験、制度的約束との関係、育成に関する無意識の前提──を考慮していないなら、それがうまく機能するはずがあるだろうか。
彼らを認識することは、人材計画モデルがいかに現実と乖離しているかを露呈させる。過去10年間すべてを動かしてきたコホートを中心に後継者戦略を再構築するよりも、ブーマーからX世代への枠組みを使い続ける方が楽なのだ。
だが、見えないからといって、影響がないわけではない。
ジョーンズ世代は、非常に特定の経済時代に形成された前提を使って準備度を定義している。あなたのモデルはそれを考慮していない。あなたの分析はそれを浮かび上がらせない。あなたの後継者計画の議論がそれを名指しすることはほとんどない。
一部の後継者計画の失敗は、能力のギャップではなく、継承された「準備」の定義が現在の条件と衝突していることを反映しているのかもしれない。あなたの枠組みが準備度を定義している世代を見ることができないとき、なぜ準備度が常に手の届かないところにあるように感じられるのかを診断することはできない。



