時折、胸がいっぱいになったり、目頭が熱くなって涙があふれてきたりする。それは喜びや悲しみ、畏敬の念からくるもの、あるいは言葉にしにくい何かかもしれない。そうした体験はまぎれもなく人間的なものだ。
しかし、私たちはなぜ感情的な涙を流すのだろうか。なぜ動物の中で人間だけが内面的な状態に反応して涙を生み出すのだろうか。感情的な涙を流すという行為は決して偶然でも無意味でもないことが研究で明らかになりつつある。むしろその行為は私たちの社会・感情的生活に深く織り込まれているようだ。
現実には、他の人よりもすぐに涙を流しがちな人がいる。自分がそのタイプに当てはまるかどうかは私が作成した科学的知見に基づく「Highly Sensitive Person Quiz」で確かめることができる。
多くの人が当然のこととして受け止めながら、ほとんど深く考えないこの単純な事実は、人間らしさとは何かという深遠なものを明らかにしている。科学者たちはなぜ感情による涙が存在するのか、そしてなぜそれが人間に特有なのかを理解しようと進化論的観点と文化的観点の両方から研究してきた。研究で明らかになっていることを以下に紹介しよう。
涙はすべて同じではない
科学者は涙をいくつかの種類に区別している。
・基礎的な涙:目を乾燥から守るために常に分泌されている涙
・反射による涙:ほこりや玉ねぎの刺激成分などに反応して分泌される涙
・感情による涙:悲しみや喜び、共感などの感情によって引き起こされる涙
感情による涙は人間特有のもので、この事実だけでもそれが人類にとって特別な役割を持つことを示唆している。感情による涙は単に目を潤すだけではない。それはコミュニケーションを行う。誰かが見ているときに重要なメッセージを発している。現代の神経科学では、涙を見ると共感や理解に関係する脳回路が活性化することが示されており、涙そのものが明確な社会的シグナルであることを示唆している。
専門誌『NeuroImage Reports』に2022年に掲載された研究では、人が他の人の涙にどのように反応するかを直接検証した。研究者たちは機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、さまざまな感情から涙を流す顔と泣いていない顔を参加者に提示した。主な発見は、涙は一貫して観察する人の脳を状況に依存せず直感的に感情状態を認識する方法で活性化させるということだった。つまり、涙は単に悲しい状況の結果として現れるものではなく、それ自体が強力な社会的シグナルとして機能しているのだ。



