サイエンス

2026.03.11 17:00

なぜ人間だけが感情的な「涙を流す」のか?

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涙と泣く行為の進化的な起源

進化の観点から見ると、感情による涙は興味深い現象だ。それは視力を改善するわけでもなく、刺激物から目を守るわけでもない。また、明確な生理的必要性があるわけでもない。神経学者マイケル・トリンブルや心理学者アド・ヴィンゲルホーツといった研究者らが指摘するように、この進化における謎の答えは「涙はコミュニケーションの信号」というものだ。つまり、脆弱性、そして社会的支援や絆を促進するニーズを伝える非言語の言語だ。

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実際、涙が人と人を結びつけるものとして機能することが研究で示されている。専門誌『Motivation and Emotion』に2016年に掲載された研究では、涙を目にすると観察者はその泣いている人を助けたいと思うことが示された。比較実験では、涙を流している人は無力で、社会的なつながりを求めている存在として認識され、その結果、助けや慰めを提供しようとする気持ちが強まることがわかった。重要なのは、こうした効果は単に感じられる親しみやすさではなかったという点だ。そうではなく、涙は他の人を気遣う深い社会的本能を刺激していたとみられる。

社会科学者は昔から人間が極めて社会的な種であることを理解してきた。私たちは学校や職場、家庭、地域社会の中で集団生活を再現している。そうした世界では、目に訴える感情のシグナルは重要な役割を果たす。涙は言葉や文化の壁を越えて誰にでも分かる形で脆弱性を伝える。涙は共感を呼び起こし、脅威の認識を下げ、信頼を伝える。

異なる集団を対象にしたその後の研究でもこの考えは支持されている。さまざまな国の参加者を対象とした大規模な研究では、涙を流している人を見ると支援しようという気持ちが強まり、温かさや共通のつながり、共感といった認識によって媒介されることが示された。観察者が相手を個人的に知らない場合でも同様だった。

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では、なぜ進化の中で、感情的に泣くというエネルギーを要する行動が残っているのだろうか。その答えは人間特有の社会環境にあるかもしれない。無力で、他者に依存している乳児は泣くことで自分の面倒を見るよう働きかける。この本能は消えずに、生涯にわたって形を変えて利用されている。大人もまた、より微妙な形ではあるが社会的相互依存に依存している。

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翻訳=溝口慈子

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