大半の人は独り身であることを「待合室」のように扱う。もっと正当なものへと進む途中にある、できるだけ早く通り過ぎるべきやや気まずい一時的な状態だと見なされている。この文化的な通念はあまりにも深く染み込んでいるため、私たちはほとんど疑うことがない。相手を見つけ、交際を始め、そうして初めて人生が本当に始まる、という考え方だ。
しかし、その早く独り身から脱したいという焦りは本当に本心から来ているのだろうか。多くの人にとって、恋人を見つけようとする焦りは愛よりも不安から来ているのではないだろうか。社会的なプレッシャーや心の奥底にある取り残されることへの恐れ、あるいは自分をしっかり確立できていないことから来る不安だ。
こうした人は、独り身でいることから逃れるために恋愛で「妥協」しやすく、その結果、境界が曖昧な関係に陥ることが多い。
専門誌『Journal of Family Theory & Review』に2023年に掲載された心理学者ベラ・デパウロの研究は、恋人なしの状態に関するこうした前提に疑問を投げかけている。デパウロは状況によって独り身である人と、独りでいることで本当に成長する人を区別し、独り身の人と恋人のいる人の幸福度の差は大衆文化が示唆するほど大きくないと主張する。さらに個人の選択を考慮すると、その差は完全に消えることが多いという。
以下の内容は恋愛に反対するものではない。恋人を持つ価値を生む自己理解の類についてのものだ。時として、人が取り得る最も心理的に洗練された行為は、文化的な通念に抗い続けることであり、その間に「今、本当にこれを求めているのか、それとも、そうすべきだと言われてきただけなのか」と自問することだ。
今は独り身でいる方がより正直で、最終的にはより健全な選択かもしれない3つの兆候を紹介する。
1. 独り身のとき「パートナーシップ」ではなく「相手」に惹かれている
何かが始まる段階で最も生き生きするタイプの人がいる。少し早すぎるくらいに届くメッセージ、相手も自分を好きかどうか分からないという不確実性、新しいつながりによって平凡な火曜日が深い意味がある日に変わるなど、それはまるで恋のように感じられる。
しかし恋愛への執着を長年研究してきた心理学者のドロシー・テノフは、それに別の名称をつけている。リマレンスだ。恋愛を追求し始めた初期の段階に見られる、相手に対して自制できないほど強烈な思いを抱くことを指す。感情そのものは本物であるため偽りの行為ではないが、神経学的には親密さというより不安の解消に近い。
専門誌『Psychological Medicine』に1999年に掲載された脳画像を用いた研究では、恋愛追求の初期段階にある人の脳は、強迫性障害のパターンと驚くほど似ていることが示されている。脳は恋に落ちているというより、開いているループの解決策を求めて執着しているのだ。



