近年、事業を通じて社会課題の解決を目指す起業家が増えており、産官学によるさまざまな支援が行われている。その原点とも言える取り組みが、2002年に開始した「NEC社会起業塾」だ。これはメンターによる経営アドバイスや共創を通じて事業を前進させる、実践的な社会起業家育成プログラムである。
運営するNPO法人ETIC.(エティック)ソーシャルイノベーション事業部事業統括の番野智行と、NECコーポレートコミュニケーション統括部プロフェッショナルの池田俊一が、同塾のこれまでの軌跡や意義、そして未来について語り合った。
起業家が社会課題の解決に取り組むことは、いまや当たり前であり、産官学でさまざまな支援プログラムが実施されているが、そうした体制が整ってきたのはここ数年のことだ。そうしたなか、四半世紀近くも前に社会起業家を支援する取り組みを始めた人たちがいた。その立役者のひとりである、ETIC.番野が述懐する。
「日本で『社会起業家』という言葉がほとんど知られていなかった2001年当時、アメリカで広がり始めた社会課題を解決するという新しい働き方を日本にも根づかせたいと、社会課題に挑む人たちを応援するビジネスプランコンテストを立ち上げました。社会的価値を軸に挑戦したい若者を後押しする環境が、まだ整っていなかったからです」(番野)
NEC社会起業塾を担当するNEC池田が言葉を継ぐ。
「1990年代のアメリカでは、製造業の海外移転に伴う失業問題をNGOやソーシャルアントレプレナーが吸収し、社会課題の解決と雇用創出を同時に担っていました。NECはその実態に強い関心を持つ一方、日本のNPOの基盤はまだ脆弱で、社会課題に挑む人材を育てる仕組みも十分ではなかった。社会価値の創造を目指すうえで、このセクターの育成は不可欠だという課題意識がありました。そこで注目したのが、国内で若手社会起業家を育てようとしていたETIC.の活動です。両者の理念が一致し、誕生したのが『NEC社会起業塾』でした」(池田)
草創期から共に築いた、社会起業家支援の新たな地平
それ以来、約25年にわたって活動を続け150名近い社会起業家を輩出してきたが、当初は、広く知られる存在ではなかった。時代が追いついていなかったのだ。潮目が変わったのは、2008年9月に起きたリーマン・ショックだと池田は振り返る。
「世界的な金融危機をきっかけに、ソーシャルビジネスやソーシャルアントレプレナーといった概念が一気に注目されるようになりました。社会起業塾も時代に合った取り組みとして関心を集め、メディア露出が増えたことで状況が大きく変わりました」(池田)
さらに大きな転機がもうひとつあったという。それは東日本大震災だ。
「震災直後、NECでは約3000人の社員が被災地の支援に関わり、現場で多くの社会起業家とボランティア活動などを行いましたが、その起業家の多くが社会起業塾の卒塾生でした。私も各地を回りましたが、どの地域に行っても、ETIC.や社会起業塾につながる人たちが活動していました」(池田)
そうした卒塾生たちが混乱の現場に真っ先に飛び込んでいったことは、社会起業塾が育んできたものの証だと番野は語る。
「ETIC.のメンバーが震災直後に起業家一人ひとりに連絡し、『東北に行けないか』と声をかけました。現地は避難所の運営を含めて大混乱で、とにかく人手が足りなかった。彼ら、彼女らは、自分たちの事業を抱えながらも、迷わず現地に向かってくれました。こうした行動をとれたのは、社会起業塾が事業のスキルだけでなく、社会に向き合う姿勢やマインドも育んできた結果だと思っています」(番野)
以降、社会起業塾とNECの連携はさらに加速した。両者はさまざまな形で協業を重ねてきたが、そのひとつが、プログラム草創期の卒塾生であるNPO法人クロスフィールズが提供する「留職」である。一定期間、ビジネスパーソンを開発途上国へ派遣し、現地で課題解決に取り組むことで、変革を担うリーダーへと成長させることを目的としたプログラムであり、NECでも積極的に活用してきた。こうした「人づくり」も、社会起業塾を運営してきた成果のひとつだと池田は強調する。
「留職に限らず、社員が社会起業塾に参加すること自体が人材育成の機会になっています。NECには業務を通して社会課題に触れる社員が多いですが、担当領域に深く入り込むと視点が単眼的になりやすく、自分が関わる分野以外の課題を見る機会は意外と限られます。社会起業家と接することで社会課題への感度が刺激され、複眼的な視点をもつきっかけになっているのです」(池田)
そうした協業の歴史を経て、近年の代表的な事例として挙げられるのが、メンタルヘルスケア「BANSO-CO(バンソーコー)」との取り組みだ。
「NECには『NECカラダケア』という、デジタル技術を活用したフィジカルケア中心の事業がありますが、メンタルヘルス領域が不十分という課題がありました。そこでBANSO-COのサービスと組み合わせることで、トータルヘルスケアの提供が可能になるのではないかと考えたのです」(池田)
池田が語る「複眼的な視点」は、数字や成果では測りにくいものだ。しかし番野は、社会起業塾のイベントに参加したNECの若手社員から、その変化を実感する言葉を聞いたという。
「イベントに参加した若手社員が、起業家たちの話を聞いて『こんなに多くの課題がまだあるのか』『挑戦している姿に触れて、自分の志を思い出した』と話してくれました。こうした経験が、自分の原点や志を思い起こすきっかけになっているのかもしれません」(番野)
こうした対話の場として、直近開催されたのが「NEC社会起業家フォーラム」だ。当日はリアルに加え、オンラインでも多くのNEC社員が参加。起業家と社員が対話を重ね、互いの知見を交わす場となった。こうした「社員の自発的な参画」こそが、NEC社会起業塾を四半世紀近く継続できた原動力になっていると言えるだろう。
経済同友会も注目する先進的取り組みに成長
ETIC.は社会起業家を支援するために、これまでさまざまな企業と提携してきたが、単年で終わってしまった取り組みも少なくないという。そうしたなか、なぜNECとはこれだけ長い間続けてこられたのだろうか。番野は、NECが取り組む姿勢にその理由があると指摘する。
「社会貢献として関わっていただくだけでもありがたいことですが、NECはその枠にとどまらず、企業としてどのように価値につなげていくかという明確な方針をもち、共に取り組んでこられた。だからこそ、これだけ長く続けてこられたのではないでしょうか」(番野)
言い換えれば、起業塾自体がNECとETIC.にとっての共創の実践の場であり続けてきたとも言えるだろう。池田は、共創や連携、協業といった小さな成功事例を積み重ねてきた結果だとしたうえで、NECに根付いているDNAの影響も大きいと打ち明ける。
「当社には、社会インフラを支えたいという使命感をもつ社員が多くいます。その動機の根底には、『人のため、社会のために役に立ちたい』というピュアな思いがある。そしてその価値観は、『安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す』というパーパス(存在意義)にも重なります。現場の思いと企業理念が一致しているからこそ、この活動を長く続けてこられたのだと思っています」(池田)
開始当初から、NECは共創にこだわってきた。いまや「共創」は当たり前に使われる単語だが、その言葉をいち早く取り入れたのもNECだ。
「共創は、NECが06年に商標登録した言葉です。NECのパーパスの中心には、社会課題を解決することで新たな価値を生み出すという考え方があり、その実現に欠かせないのが共創です。社会課題への気づきを出発点に、NECがもつテクノロジーなどのアセットを掛け合わせながら、課題解決の価値を生み出していく——それが私たちの目指す姿です」(池田)
NECが紡いできた共創は、いまやさまざまな業界に広まっている。しかし番野に言わせれば、その取り組みはまだ十分ではない。
「社会課題は社会起業家だけで解決できるものではなく、共創が不可欠です。社会課題の解決に関心を寄せる企業は増えていますが、日本全体ではまだ主流とは言えず、『何から始めればいいのか分からない』という声も多い。先日開催した社会起業塾関連のイベントにはNEC社員に加え約15社が参加し、企業同士が互いに刺激を受ける場になりました。ビジネスでは競合関係にある企業同士でも、社会課題の領域では共創が生まれる。この仕組みをさらに広げていくことが重要だと感じています」(番野)
経済同友会が25年1月に発行したガイダンスでNEC社会起業塾は、企業とソーシャルセクターの連携の先進事例のひとつに取り上げられた。その取り組みは世の中に着実に広まってきているが、先駆者として、社会にさらに大きなインパクトを与えたいと池田は決意を新たにする。
「今後はプログラムのプラットフォーム化を進め、より多様なステークホルダーと共創することで、より大きなインパクトを創出していきたいです。これは、NECが掲げる『社会価値創造』の実践そのものでもあります。先駆者として社会課題を起点に共創を重ね、社会と企業の双方に新たな価値を生み出す好循環をつくり出していく。NECはその実現に向けて、これからも社会起業家たちとともに歩み続けていきたいと考えています」(池田)
日本電気株式会社
https://jpn.nec.com/
ばんの・ともゆき◎NPO法人ETIC. ソーシャルイノベーション事業部 事業統括。東京大学法学部卒業。2002年に入職し、社会起業家支援の立ち上げに参画。2005年にコンサルティング会社に転職後、2010年に復帰し、現職。社会起業家支援全般を統括し、企業や行政との協働で1000名以上のリーダーを支援。他にも企業のCSR/フィランソロピー支援、子ども領域の社会課題に取り組むマルチステークホルダーの協働促進、企業研修などを担当。
いけだ・しゅんいち◎NECコーポレートコミュニケーション統括部プロフェッショナル。大学在学中に環境NGOに参画。NEC入社後は、交通、消防、防災、宇宙などの領域の事業計画を担当。2007年よりCSR推進部門、10年から「NEC社会起業塾」に携わり、「NECプロボノイニシアティブ」なども推進。



