経営・戦略

2026.03.06 11:01

「経営幹部が足りない」は嘘である──本当に欠けているのはリスクを取る覚悟だ

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何年もの間、取締役会、エグゼクティブサーチ会社、そしてメディアは同じ診断を繰り返してきた。経営幹部人材が不足しており、いまは「人材市場」だ、と。この主張はもっともらしく聞こえる。ビジネス環境は複雑化し、リーダーシップに求められる水準は上がり、優秀な人材は世界規模で競い合っている。だが、この物語は精査すれば崩れ去る。

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いま企業が直面しているのは、有能なリーダーの不足ではなく、許容できるリスクの不足である。業界を問わず、多くの組織は同じ小さな池で釣りをし、見慣れた名前や経歴、プロフィールを再利用している一方で、活用されないままの膨大なリーダーシップ能力のプールが手つかずで残っている。経営幹部人材市場は逼迫しているのではない。恐れによって制約されているのだ。

希少性という神話

もし経営幹部人材が本当に希少であるなら、採用において前例のないほどの試行錯誤が見られるはずだ。だが実際に起きているのは、その逆である。サーチプロセスは、以前にも増して保守的になっている。Spencer StuartのCEO交代に関するレポートによれば、大手上場企業で任命されたCEOの21%以上が過去に上場企業のCEOを務めており、35%は事業部CEOの役割から来ている。多くの取締役会が、適応力や学習の速度よりも、同種の環境で実績を上げた経験を依然として優先しているように見える。

これは逆説を生む。変動性、地政学的分断、技術的破壊が議題の中心を占める時代に、取締役会は過去のパターンマッチングへと退却し、もはや存在しない条件に最適化されたリーダーを採用している。その結果、自己強化的な幻想が生まれる。「適格」の定義が狭いほど、人材プールは小さく見えるのである。

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慎重さに偽装されたリスク回避

エグゼクティブサーチは保守性を「厳密さ」として提示したがる。だが実態は、制度化されたリスク回避である場合が多い。サーチの要件定義は、変革や変化についての大仰な言葉で始まることが少なくないが、具体的な候補者名が俎上に載ると、急速に狭まっていく。非線形なキャリア、異業種への非連続な移動、「正しい」家系図のような経歴を持たないリーダーは、プロセスの早い段階で静かに排除される。

Harvard Business Reviewは繰り返し、取締役会が過去の肩書きの予測力を過大評価し、文脈に応じた適応力を過小評価していることを示してきた。にもかかわらず、不確実性に直面すると、取締役会は将来の上振れを最大化する候補者ではなく、下振れの認知を最小化する候補者を選びがちである。この行動は理解できる。CEOの任命は可視性が高く、評判上もリスクの大きい意思決定だ。「安全な」採用は盾になる。うまくいかなかったとしても、取締役会はベストプラクティスに従ったと言えるからだ。しかし、経営幹部採用における安全は、しばしば幻想にすぎない。

リサイクル効果

このリスク回避の最も明確な症状の1つが、候補者のリサイクルである。同じ経営者が、業界、地域、オーナーシップのモデルをまたいで複数のショートリストに顔を出す。とりわけプライベートエクイティは、「既知の確実な人材」の濃密なネットワークを築いてきた。これは採用サイクルを短縮する一方で、戦略的多様性を狭めてもいる。

とりわけディスラプションの局面では、リーダーシップチームに認知的・経験的多様性が欠けると、ポートフォリオのパフォーマンスは損なわれる。同時に、社内候補は、より深い制度的知識と文化的信認を備えていることが多いにもかかわらず、「対外的な重み」に欠けるとして退けられる。Business Insiderの記事によれば、CEO交代の44%が社外からの登用だった。長年にわたる育成投資があるにもかかわらず、社内のCEO後継者は見過ごされているように見える。市場にリーダーが欠けているのではない。異なる選択をするための許可が欠けているのだ。

この保守性のコストは大きい。経営幹部人材のカテゴリー全体が、構造的に過小評価されたままになっている。女性、新興国出身の経営者、直線的なP&Lキャリアではなくクロスファンクショナルなキャリアを持つリーダー、創業者から企業の役割へ移行する人材は、一貫してトップ層で過少代表となっている。

伝統的な選考基準が実効的な人材プールを大きく狭め、適格なリーダー候補の相当部分を体系的に見落としていることは、エグゼクティブサーチ業界で広く認識されている。皮肉なことに、こうした「正統とされない」リーダーの多くが、取締役会が求めていると言う能力をまさに備えている。すなわち、レジリエンス、曖昧さへの耐性、そして手本のない状況で行動する力である。問題は能力ではない。正統性である。投資家、アナリスト、メディアの前で取締役会が安心して推せるのは誰か、ということだ。

リスク回避こそが真のリスクである

環境が安定しているなら、保守的な採用でも致命傷にならずに済むかもしれない。だが不安定な環境では、それは危険になる。Harvard Business Reviewによれば、多様な経験的バックグラウンドを持つリーダーに率いられた組織は、構造的変化の局面で同業他社を上回る成果を出す。非対称な課題をくぐり抜けてきたリーダーは、既存の前提が崩れたときの対応力に優れる。

それでも多くの取締役会は、規範からの逸脱を資産ではなく負債として扱い続けている。これが、企業が直面する課題と、それに対処するために任命されるリーダーとのミスマッチを生む。皮肉は際立っている。リスクを減らそうとすることで、取締役会は体系的にリスクを増やしているのだ。経営幹部人材不足という物語は、責任を外部に押し出し、採用の失敗をガバナンス上の選択ではなく市場の問題として位置づけるため、心地よい。

経営幹部採用における真の制約は供給ではなく、勇気だと私は考える。将来に備えたリーダーシップは、完璧な履歴書や見慣れた名前からは生まれない。取締役会が「信頼に足る経験」とみなす範囲を広げ、リスクを避けるべきものではなく管理すべきものとして捉え直すことから生まれる。

不確実性に規定された世界で、最も危険な採用は型破りな人物ではない。「安全に感じた」からという理由で選ばれたリーダーである。

forbes.com 原文

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