2026年、日本のスタートアップシーンは新たなフェーズに突入した。政府の「スタートアップ育成5か年計画」が折り返しを迎え、起業家の層を厚くする段階から、実際に社会へインパクトを与え、企業価値の大きなプレイヤーを創出するという、「縦」の成長を追求する段階へと移行したのだ。
では、今年のスタートアップ・エコシステムはどう変化していくのか。2026年版「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」で3位に輝き、4月16日に開催する「RISING STAR AWARD 2026」で審査員を務める、Akatsuki Ventures代表取締役の石倉壱彦氏に話を聞いた。
お金の「配られ方」に変化
──2025年の振り返りからお聞きします。スタートアップを取り巻く環境をどうご覧になりましたか。
石倉:資金調達総額自体は、2〜33〜4年前のピーク時と比べれば減ったものの、極端な落ち込みではありません。最大の変化はお金の「配られ方」です。集まるところには集まるが、そうでないところはかなり苦しい。これが2025年の最も鮮明な特徴でした。一方で、エクイティでの調達が厳しくなったぶん、スタートアップ向けのデットファイナンスに積極的な金融機関が増えていて、資金調達の選択肢自体は広がっています。
IPOに目を向けると、東証がグロース市場の上場維持基準を「上場5年後に時価総額100億円以上」へ引き上げる方針を打ち出したこともあり、件数は減少傾向です。量より質が問われる時代に入りました。大型調達で先行投資を続けられる一部のプレーヤーを除けば、早い段階から収益の再現性を示すこと、ユニットエコノミクス(顧客一人あたりの採算)をしっかり改善すること。そうした足腰の強さが求められるようになっています。
注目が集まるAI系企業においても、資金が集まるスタートアップの傾向は変わってきています。AIだけを使って事業をするのではなく、AIと既存のサービスを掛け合わせて体験を進化させている企業に資金が集中している印象です。投資先のLayerXなどはまさにその流れのなかにいます。ただ、こうした領域は海外の巨大プレーヤーとも正面からぶつかるため、グローバルとの競争はよりシビアになっています。かつてスマートフォン向けサービスでGAFAに敗れたとき以上に、AIの領域ではグローバルプレーヤーの力が強い。AIでいかに独自の顧客体験を作れるかが問われています。
AIだけでなく、リアルな産業に根ざしたビジネスにも注目しています。日本の自然や建築技術をいかしてシェア別荘を展開するNOT A HOTELやSANUのように、海外プレーヤーにはできない日本独自の戦い方で勝てるリアルビジネスを展開する企業は、大型の調達にも成功しています。
もう一つの潮流が、ロールアップ型、つまりM&Aを積み重ねて事業を拡大していく成長モデルです。SHIFTやGENDAのように上場後のM&Aで大きく成長した成功事例が出てきたことで、同様の戦略を志向するスタートアップにも資金が向かい始めています。
上場企業にとってM&Aの絶好の機会
──成長戦略としてIPO以外の選択肢が広がる中で、投資先企業や経営陣の意識に変化はありますか。
石倉:出口をIPO一本で考えない経営者は明らかに増えました。一昨年あたりから兆候はありましたが、ここ1〜2年で意識が決定的に変わったと感じています。
私たちアカツキも、2025年8月に、SNSマーケティングを主軸としたNateeという投資先を完全子会社化しました。ビジネスとしては成長しているけれど、今のIPO環境では上場のハードルが高い。そんな局面で、M&Aという次の選択肢を提示したケースです。
周囲を見ても、UPSIDERがみずほ銀行にM&Aされた件はビッグニュースでした。投資先のGreenspoonも江崎グリコとのM&Aを経て、急成長を続けています。yutoriもZOZOの傘下に入った後にグロース市場へ上場し、さらにそこからM&Aを積極展開して大きく伸びている。こうしてM&Aでグループインした後、大企業のなかで成長を加速させるケースが目に見えて増えています。
──スタートアップ側の変化を伺いましたが、お話があったようにアカツキはM&Aでスタートアップを迎える側です。M&Aは積極的にお考えですか?
石倉:上場企業の立場から言えば、スタートアップ側がM&Aにポジティブな今こそ絶好の機会です。ゼロから事業を一定規模まで作れる人材がグループインして次の成長の波を作ってくれるのは、上場企業にとって非常に大きな価値です。ただ、最大の課題はバリュエーションの目線が合わないことです。M&Aの相手となるスタートアップは、市場環境が上向いていた時期に資金調達をしていることが多い。IPOを前提に設計されたバリュエーションと、M&Aの買い手から見た水準との間にはかなりの開きがあるのが実情です。
──2026年、スタートアップシーンや投資環境はどう変化していくとお考えですか。
石倉:まず、強いところに資金が集まり、そうでないところには集まりづらいという選別の構図は、より顕著になります。加えて、2026年は、金利や地政学リスクなどのマクロ環境の変化が、スタートアップの資金調達や事業計画に直接影響しやすい年になると見ています。特に製造業や物流などのリアルな産業に関わる企業は、原材料価格や設備投資、為替の影響を受けやすくなります。
そして再編の加速です。スタートアップに限らず上場企業も含めて、M&Aや経営統合が増えていくでしょう。SaaSやコンサル系の企業は「AIがあればこのサービスは要るのか」という目にさらされ始めていて、トップラインが伸びていない会社は調達がますます厳しくなる。想定以上にバリュエーションがつかないという局面が増えるはずです。資本効率、収益の再現性、統合戦略の三つが問われる1年になると思います。
北米モデルではもう勝てない
──投資対象として2026年に注目している領域はありますか。
石倉:もちろんAIやディープテック領域にも注目していますが、日本のIP・カルチャーを武器にしたビジネスには大きな可能性を感じています。ソニーグループがゲーム・音楽・映画を軸にしたIP戦略で過去最高業績を記録し、政府もコンテンツ産業を基幹産業と位置づけて海外売り上げ20兆円の目標を掲げるなど、官民で盛り上がっています。
私たちアカツキもゲームやコミックのIP事業を手がけてきましたが、業界全体でもアニメやゲームのIPとコラボしたグッズやアパレルが好調ですし、VTuberやトレーディングカードの領域で成長するスタートアップも出てきた。投資先のBrave groupはM&Aを駆使してIPを軸にエコシステムを構築し、海外展開も進めている好例です。
個人的に最も興味があるのは「人の感情が動くもの」です。AIの普及で世の中は効率化に向かっていますが、人の生活習慣や感情は昔からそんなに変わっていない。朝起きて、ご飯を食べて、仲間と過ごして、楽しく過ごす。テクノロジーが進化しても、人の根っこにある感情は変わらない。変わっているのは、テクノロジーを通じた体験や感じ方です。
そう考えると今後、AIで徹底的に効率化される世界と、人が感情で楽しむ世界と、事業の方向性が二極化していくのではないでしょうか。そのとき、本当に人が面白いと思えるもの、ワクワクできるものは何なのか。効率の対極にあるこの領域のほうが、私はずっと惹かれます。2010年代は北米のモデルを参考にしたビジネスが多かったですが、もうそれだけでは勝てなくなっている。日本独自のカルチャーやIPをベースに、勇気を持って世界に挑む起業家にこそ期待しています。
Forbes JAPANは4月16日に、創業3年以内の起業家によるピッチイベントを開催する。本ピッチは「日本の起業家ランキング」への登竜門として、次世代を担う有力起業家を発掘・支援するプロジェクトで、3月12日までピッチ登壇希望者を募集している。エントリーはこちらから。



