食&酒

2026.03.05 13:41

12人が明かした「飲酒習慣」の本音──健康報道は行動を変えたか

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ワインは、仕事としても社交の場でも、ここ数十年にわたり私の人生の大きな部分を占めてきた。だがこの数年、アルコールを公然と楽しむことには、いまや何らかの「言い訳」が必要な雰囲気が漂い始めている。数々の健康関連の報道、「ソバーキュリアス」(お酒を控えることに興味を持つ)ムーブメント、そして売上減少のニュースからも、飲酒をめぐる文化的な価値観の転換期を、いま私たちは生きているのだと分かる。

それでも、私が気づいたことがある。ワイン業界の内外を問わず、私の知り合いのほとんどは今も飲み続けている。そして、その多くは特に葛藤を抱えているようには見えない。

確かに私はワインのプロフェッショナルであり、私のネットワークは、私と同じく素晴らしい食事や飲み物を好む人々で主に構成されている。だが、アルコールをめぐる世論の語りが変化しているなかで、彼らが本当はどう感じているのかを知りたかった。そこで、何人かに本音を聞かせてほしいと頼んでみた。

私は、ゆるやかな任意回答のアンケートを作り、それを「野に放った」(ここでの「野」とは、私のSNSネットワークのことだ。飲料・ホスピタリティのプロと、業界とは無関係だが、おそらく私のルックスとウィットに惹かれてフォローしている人々の混合である)。12人が回答し、実名と肩書きを公開する人もいれば、仮名やあいまいな肩書きを希望する人もいた。全員が、どれだけ飲むのか、それをどう感じているのか、そして現在の健康に関する議論が自分の行動を変えたかどうかについて、正直に語る意思を示した。

アンケートは全14問で構成された。12問は飲酒習慣、全般的な健康状態、アルコールに関する昨今の報道への反応に焦点を当て、最後の2問は記名の希望と任意の連絡先情報についてだった。回答者は、詳細に答えても簡潔に答えてもよく、触れたくない項目は飛ばしてよい。実名公開、一部公開、完全匿名のいずれかを選ぶこともできた。

まず、数字から

回答者の飲酒量は、かなり幅広い。少ないほうでは、PR業界で働く2児の母メリッサが、月にワイン2〜4杯。以前の「週3日」から大幅に減らしたが、その理由は健康報道ではなく、30ポンドの減量につながった意図的なライフスタイルの見直しだった。多いほうでは、週に2〜3本のボトルに加え、ビールやスピリッツも飲むというソフトウェアエンジニアがいた(主に週末に飲むという)。

ほとんどの人はその中間に位置する。毎晩1〜2杯、週末はやや多め、ワインが中心で時々カクテルという具合だ。ほぼ全員が定期的に健康診断を受け、週に数回運動し、自身の健康状態を「良好〜非常に良好」と考えている。

質問のひとつに、ワインをアルコールと別のカテゴリーとして捉えているかどうかを尋ねるものがあった。ほぼ全員が両者のあいだに何らかの違いを感じていたが、その理由はさまざまだった。ペースや状況の違いを挙げる人もいた。メリッサは、ワインは酔うためのものではなく、食事や仲間とともにゆっくり味わう「より体験的なもの」だと語る。広報担当で、Vino Vinyasa Yogaの創設者でもあるモーガン・ペリー(現在は新生児の世話で自宅にいる)は、ワインの消費をデザートを食べることに例える。「クッキー1枚、あるいはデザートを数口食べてそこで止めればいい。5枚も食べる必要はない。味わって楽しむのだ」

大手ワイン卸売業者のシニアディレクターで、フルネームの公開を控えたスーザンにとっては、耐性の問題である。「マンハッタンは1杯しか飲めないし、テキーラソーダも1杯が限界」と彼女は言う。「2杯以上飲むと、翌日体調が悪くなる。でも夏のテラスで美味しいロゼを2杯飲んでも、私はまったく平気なのだ」

「飲酒は飲酒だ」と、週に約10杯飲むワインライター兼AIストラテジストのセデールは言う。「ワインだから『控えめに飲んでいる』とは思わない」

ワインライターで、元トラウマインフォームドケアのメンタルヘルス専門家でもあるレベッカ・トイは、一律のルールよりも境界線を重視する。「1杯飲むとリラックスしてリセットできる」と彼女は言う。「アルコール依存症に苦しむ人を、個人的にも仕事上でも見てきた。その境界線は重要だ。だが、私たちの『ゼロか100か』という考え方自体が依存症的思考であり、すべての人に必要でも有益でもない」

罪悪感について

飲酒について、まったく罪悪感を感じないという回答者もいた。週に3回ヨガをし、1日平均1杯程度を飲む78歳の退職者ボブは、シンプルにこう言う。「この歳になると、自分の限界と心地よいラインがわかっている。だから飲酒に罪悪感はない」。彼は、一滴も酒を飲まずに96歳まで生きた義父と、アルコールとの関係が成人期の大半を狂わせた叔父を見てきたので、両極端がどんなものか知っているという。

79歳のリンは、週に3〜4日、1回2杯のワインを飲み、時々ウォッカマティーニも楽しむ。自分の体調は非常に良好だと考えている彼女は、より率直だ。「もっと飲酒量を減らすべきだという記事を読むと、罪悪感を抱かされる」と彼女は言う。「でも、実際に減らすほどの罪悪感ではない」

もっと複雑な感情を抱える人もいる。先述のソフトウェアエンジニアは、歯止めが利かなくなる夜があると語る。1杯が2杯になり、ボトル1本になり、さらにビールを数本。「翌日には深い恥の感覚に襲われる」と彼は認める。1児の母で人事担当役員の女性は、平日は1〜2杯、週末はもう少し多く飲むが、母親として二日酔いになることへの感じ方が変わったという。「1杯だけでひどい頭痛がすることもあって、そういうときはやめるべきだと感じる」

業界歴20年の女性ワインプロフェッショナルは、「気づかないうちに」1人で1本空けてしまったときに罪悪感を覚えることがあると認める。その正直さは印象的であり、口に出す人は少ないが、おそらく多くの人に共通する感覚だろう。

興味深いことに、人事担当役員の女性にとって、罪悪感の問題は将来を見据えた側面も持つ。「回復中のアルコール依存症者がいる家庭で育ったので、飲酒にはずっとスティグマがあった」と彼女は言う。「自分とお酒との関係は概ね良好だと思うけれど、時々やりすぎてしまい、すべてを疑問に思うこともある。息子にはお酒のある環境で育ってもらい、それを普通のことにしたい。タブー視することが過剰摂取や乱用につながると思うから」

全体を通して注目すべきは、罪悪感が存在する場合でも、それは自分自身の中から生まれ、状況に応じたものであり、メディアのメッセージではなく、自分が実際に感じた結果に結びついているということだ。報道については、ほぼ全員が「無関係」から「うんざり」の間のどこかに位置している。

報道は一蹴される

「クリックベイトだ」とモーガンは言う。「もちろんアルコール自体は健康的じゃない──そんなこと最初から誰も主張してない! でも、健康的じゃないものなんて他にもたくさんある」

「イライラする!」とリンは言う。

スーザンはより批判的な立場を取り、報道には「腹が立つし、イライラする」と語る。彼女はまた、私たちが日常的に摂取している他の多くの食品や物質にも問題があるのに、アルコールほど注目されていないものが多いと指摘する。「アルコールは、さまざまな団体が悪者として飛びつく最新の標的になっているようだ」

レベッカはメンタルヘルスの専門家としての背景を踏まえ、より大局的で、ある種実存的な見方を示す。「これは私たちの分断された世界を象徴している」と彼女は言う。「アルコール乱用は、ほとんどの場合、遺伝と心理的な自己治療の副産物だ。本当にこの問題を気にかけているなら、他人のグラスを監視することを減らし、世代間トラウマと安全な共同調整のためにもっと取り組むべきだ」

動くゴールポスト

アンケートでは仮定の質問も投げかけた。どのような科学的発見があれば、本気で飲酒量を減らすか?

結論から言うと、そのハードルは高い。

ボブは、寿命が短くなるという決定的な発見があれば考え直すと言う。一方、70代半ばの退職した元経営者トッドは、ワインと心臓病のあいだに直接の因果関係が示される必要があると語る。なお彼は、その関係はむしろ逆方向だといまも信じているという。

スーザンは乳がんのデータについて真剣に考え、医師と話し合い、家族の病歴を注視している。リスクを認識した上で、自分はそれを受け入れられると判断したという。「毎日たくさん飲みたいわけではないから、飲みすぎているとは思わない」

レベッカは「『最新のニュースでは』という2つの研究や推測に基づくものではなく、一貫したパターンを示す数十年分の査読済み研究」を求めている。

女性ワインプロフェッショナルは、自分の性別、年齢、健康状態、ライフスタイルを実際に反映した集団を対象とした大規模データが必要だと言う。

リンは、飲酒量を減らすためにデータが示すべきことについて、多くの人の本音をユーモラスに代弁している。「アルコールがシワと薄毛の原因になる、と証明されたら」

変わったのは1人だけ

メリッサはこのグループの例外だが、彼女の話は物語を単純化するというより、むしろ複雑にする。彼女は約1年前、アルコールをほぼ完全に断った。体重が減り、睡眠の質が上がり、子どもを産んでから初めて定期的に運動するようになった。だが、報道は関係なかった。

「ワインやアルコールをあまり欲しくなくなったという精神的な変化──でも社交的な側面や楽しむ儀式は恋しい──それが実は身体的な変化より精神的にきつかった」と彼女は言う。「業界にいる人間として、自分がまさに飲酒量を減らしているミレニアル世代の一員だということも意識している。そして、それがちょっと嫌だ。トレンドや流行に乗っているような気がするし、自分が本当に愛している業界──自分が働き、家族を養っている業界──の衰退に加担しているような気がする」

彼女はそのことを布教しない。反アルコール派でもない。ただ、自分の体は飲酒量を減らしたほうが調子がいいとわかり、調整しただけだ。そして自分でも認めるとおり、手放したものに対していまも感情的に折り合いをつけている最中なのだ。

それでもグラスを傾ける

これは科学的な調査ではないし、12人で包括的な研究が成り立つわけでもない。日々を生きる実在の人々のスナップショットにすぎず、主観的で、検閲なしで、意図的に逸話的なものだ。

それでも、この12人にはいくつかの共通点が一貫して見られた。報道を理由に飲酒量を減らしている人は、ほとんどいない。報道に少しでも動揺している人さえほとんどいない。「大騒ぎしているが、何の意味もない」とレベッカは言う。

代わりに彼らは、自分の体の声を聞き、自分の医師と相談し、自分の家族の病歴を考慮し、そして自分自身の「楽しみ」を意味あるデータとして数え入れている。計算は密かに行い、ディナーでワインを1〜2杯楽しむことは、まだ収支が合うと判断しているのだ。

おそらく最も重要なのは、彼らが無邪気ではないということだ。アルコールにリスクがあることを認め、それを否定していない。ただ、自分が理解しているリスクは、受け入れて生きていけるものだと決めたのだ。

元オペレーションマネージャーのショナは、家族に認知症の病歴があることを強く意識しており、定期的な運動、健康的な食事、家族・友人・コミュニティとの強いつながりを含むライフスタイルを、そのリスクを軽減するために構築してきた。彼女は回答者の中で最も多くの人の気持ちを代弁している。「充実した健康で幸せな人生に貢献する要素はたくさんある。陳腐に聞こえるかもしれないけれど、バランスこそが鍵なのだ」

報道は今後も間違いなく出続けるだろう。だが、ここに登場した人々のほとんどは──少なくとも今のところ──グラスを傾け続けるだろう。

forbes.com 原文

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