私は「お願いします」と「ありがとう」が何より大切だとする家庭で育った。客人が訪れたら、誰もが心地よく、気遣われていると感じられるようにすることが重要だった。こうした生い立ちは、「いちばんのもてなし役」的な思考を生み、私はそれを意図せず企業キャリアに持ち込んでいた。たとえば、Verizonの主要4市場のうち1つを担う地域プレジデントとして事業を率いていた頃、私はシニアチームの会議準備を引き受ける役回りになっていた。会議室を整え、席順を考え、場の力学がうまく機能するように配慮する。こうしたことを同僚が担うことはなく、彼らはただ入室して仕事を始めていた。
ある会議で、私は自分の水を取りに席を立った。グラスに水を注ぎながら、出席者全員に「お水はいかがですか」と尋ねた。全員にボトルを配ってから着席し、25億ドルのP&Lについてプレゼンテーションを行った。会議の終わりに、ある役員が私を呼び止めてこう言った。「素晴らしい会議を開いてくれましたね」。しかし彼が話していたのは、私のプレゼンでも、地域の業績でもない。会議の「段取り」のことだった。それは私にとって大きな気づきの瞬間だった。あれほど準備に力を注いだのに、彼らの記憶に残ったのは、私が水を配ったことだったのだ。
慣れた行動は、権威を損なうことがある
振り返ると、私は自分の安心領域──「みんなが大丈夫か」を確かめること──に寄りかかっていたのだと気づいた。だが、その本能に従った結果、私は自分がなぜその席を得たのかを示せていなかった。私はインターンのように振る舞い、会社最大級の市場の1つを任される人間が発するべきエネルギーではなく、パーティーのホステスのような空気をまとっていた。この経験は私だけのものではない。McKinseyの2023年「Women in the Workplace」レポートによれば、女性リーダーは男性に比べ、より年次の低い人物だと誤認される可能性が2倍高かった。
職場でのふるまいに、各人の安心領域が影響する形はさまざまだ。たとえば、反対意見があっても黙っているべきだと考える人もいれば、自分の見解を示すよりも上位者の考えに従うべきだと感じる人もいる。
どのような気質であれ、リーダーとしての力を自ら小さくしないよう注意しなければならない。さもなければ、価値ある貢献が見過ごされ、さらには奪われるリスクすらある。
堂々と場所を占めることに慣れる
水を配った出来事から数年後、私はグローバルな電子機器企業との会議に出席した。その場で女性は私ひとりだった。席に着こうとすると、左右の男性たちがテーブルのスペースを大きく占めていた。私に残されたのはわずか20センチほどで、会議中ずっと、発言するために席から飛び出さんばかりの状態だった。
それ以来、私はプロフェッショナルな場におけるプレゼンスの重要性を痛感している。今では、部屋に入った瞬間から「スペース」を生み出す。ほかのリーダーにも、どのようにその場に現れるかを意図的に設計するよう促す際、私自身の助けになった戦略をいくつか共有している。
・物理的にスペースを取る。椅子を引き寄せ、資料を広げ、背を預けて座る。自然にできる人もいるが、多くの人は礼儀正しく、できるだけ場所を取らないよう教え込まれてきた。
・意図をもって入室する。持ち物は体の横に寄せ、体の前面を開いておく。自信あるリーダーは、ノートやハンドバッグの陰に隠れるのではなく、堂々と入ってくる。
・自分がそこにいる理由を思い出す。招待されているのには理由がある。貢献し、影響を与えられるからだ。退室するときに人々の記憶に残したいのは、まさにそこだ。
・安心領域に戻っていることに気づく。不確かさを感じると、人は慣れた行動に戻る。自分の所作を意識し、獲得した役割にふさわしい振る舞いになっているかを確かめる。
・何で知られたいのかに集中する。力強く、自信をもって現れる。専門性を自分のものとして引き受け、その会議に自分がいるべきだと示す。自分が価値をもたらすことを明確にする。
これらは小さなことに見えるが、自分自身をどう捉えているか、そして他者が自分をどう見るかについて、より大きなメッセージを発している。
リーダーとしてのプレゼンスを自分のものにする
水を配ったことは、私の足を引っ張りかねなかった。25億ドル規模の事業を率いる地域プレジデントではなく、「段取りの名人」へと役割を押し込めてしまうところだった。ホストであることが、私がビジネスの場で示すべき姿ではないと学ばなければならなかった。私が残すべき印象は、専門性と仕事に軸足を置いたものである。
会議に入るとき、あなたはマルチタスクのためにそこにいるのでも、背景に溶け込むためにいるのでもない。価値を加えるために、そして周囲があなたの意見を聞きたい、あるいはあなたから学びたいと思っているからそこにいる。だから、そのように振る舞おう。



