何かを誰かの記憶に残したいなら、それにまつわる物語を語ることだ。
人は物語を聞かずにはいられない。私たちの脳は、物語から学ぶようにできている。なぜなら、物語はほかの手法では得られない形で私たちを引きつけるからだ。これには科学的な裏づけがある。物語を聞くと、オキシトシン(愛着や信頼に関連するホルモン)などが分泌され、物語に込められた教訓に重要性を感じやすくなり、その教訓が記憶に定着しやすくなる。
かつて、ストーリーテリングは生き残るための鍵だった。夜に焚き火から離れてはいけないという警告の物語に耳を傾けた洞窟人(男性も女性も)こそが、サーベルタイガーを回避し、子孫に遺伝子を残したのだ。サーベルタイガーの時代は過ぎ去ったが、ビジネスという弱肉強食の世界で企業が生き残るためには、ストーリーテリングは今も変わらず重要である。
端的に言えば、自社について優れた物語を語れる企業は、そうでない企業よりもうまくいく。広報活動の多くは、企業の成果を世の中に伝えることだ。新しい人材の採用や買収、過去最高の収益、特許の取得、製品のローンチなどである。これは理解できる。企業はそうやって成功を測り、業界内での信頼性を確立し、オンラインでの存在感を築くからだ。問題は、社外の大半の人はそうしたニュースにさほど関心がないという点にある。もちろん、直接影響を受ける顧客やクライアントであれば注意を払うかもしれない。しかし、それは企業とオーディエンスの間に本当のつながりを築くタイプのコンテンツではない。物語は、意味があり、うまく語られるなら、そのつながりを生み出せる。そして、企業や製品ではなく「人」に関する物語こそが、最も効果的なのだ。
ニュースの背後にいる「人」を見つける
広報の仕事の多くは企業や組織を代行して行われるため、影響を受ける個人の存在を見失いがちだ。だが、それは避けなければならない。
私が所属するエージェンシーは、ヘルスケア、ヘルステック、ライフサイエンス分野の広報とマーケティングに特化している。クライアントの多くは、ソフトウェアや医療機器を開発したり、ケア提供をより効率的かつ効果的に行えるようにするサービスを提供したりしている。個人のレベルで見れば、ヘルスケアはきわめて個人的なものであり、場合によっては文字どおり生死に関わる。一方で、ヘルスケア産業自体は極めて複雑で、官僚的で、技術的である。略語、規制、政策論争、医療・技術ニュースが入り混じる霧のなかでは、中心にいる患者の存在を見失いやすい。クライアントの製品が患者に直接触れない場合は、とりわけそうなりやすい。だが患者は、常に最重要の存在であり続けなければならない。
これがコミュニケーションのプロフェッショナルに突きつけられた課題である。すなわち、人間の物語を掘り起こし、語ることだ。明白な場合もあれば、本格的に掘り下げる必要がある場合もあるが、労力をかける価値はある。
それがどのようなものか、いくつか例を挙げよう。
・新しいスケジューリングソフトウェアによって、病院は手術室をより効率的に運用できるようになる。確かに医療システムの収益は増加するが、それは同時に、患者が手術を受けるまでの待ち時間が短くなることも意味する。
・あるクライアントは、症状が現れる前に認知機能の低下を検出するAIソリューションを提供している。これは保険者や臨床医に実質的なメリットをもたらすが、何より重要なのは、患者、つまり誰かの母、妻、姉妹、あるいは友人に、認知症の進行を遅らせ、場合によっては止める機会を与える点である。
・あるメーカーが、人工関節のライニングに用いる新しい長寿命ポリマーを発表したとする。その物語を、人工の膝や股関節でも競技を続けられるシニア五輪のアスリートを通じて語れば、人々の記憶に残るだろう。
人とつながりたいなら、人について語る
ここではヘルスケアを例に挙げている。私の専門分野だからだ。しかし、この教訓はほぼあらゆる業界に当てはまる。人とつながりたい企業は、人について語る必要がある。四半期報告や業績予測を共有するだけでなく、可能な限り、人間味のある言葉で自社の物語を語らなければならない。
もちろん、常に簡単とは限らない。事実のみを伝えるプレスリリースが最適な場合もあるし、それ自体は悪いことではない。だが、それを企業メッセージの「標準」にしてはいけない。ストーリーテリングは、ほとんどの場合、より良い選択肢である。



