欧州だけでも、顧客の68%が口座開設の申し込みを途中で放棄することで、金融機関は年間57億ユーロを失っている。理融機関は年間57億ユ由は単純だ。先週別の銀行に提出したのと同じ本人確認書類を、あらためてアップロードしたくないからである。小売業者も、放棄されたショッピングカートによってさらに2600億ドルを失血している。保険会社は、顧客の11%が「書類手続きが面倒」というだけで乗り換えを先延ばしする様子を見ている。
AIエージェントに最適な仕事ではないか。
それでも、主要銀行はいずれもAIが開始した取引に人手の確認を求める。Amazonは5750億ドル規模のマーケットプレイスからAIエージェントを締め出している。OpenAIのInstant Checkoutは、あらゆる段階で人間の承認を必要とする。暗号資産(仮想通貨)でも状況は大差ない。人気のオープンソース暗号資産AIエージェント・フレームワークであるElizaOSの作者は、こう認めている。「取引ボットを立ち上げたが、資金を失うのがとても上手かった」
この対立は、3者の断絶を生んでいる。消費者はAIエージェントが自律的に自分の資産を扱うことを期待する。技術そのものは、GPT-4やClaudeのような高度なモデルであっても、適切な文脈が与えられれば金融タスクを処理できる。だが、それを実際に可能にするインフラが存在しない。金融機関は許可を与えない。小売大手はデータという堀を守る。銀行は規制対応を理由に挙げる。
AIモデルが完璧に機能しても、なお壁に突き当たる。十分な能力を持つ技術と、それを望む消費者をつなぐ「許可のレイヤー」が存在しないのだ。結果として、ユーザーは同じ書類をアップロードし、同じデータを入力し、同じ本人確認を繰り返す状況から抜け出せない。
これはまさに、サンフランシスコ拠点のスタートアップSumvinが解決しようとしている問題である。
金融サービスのロックダウン
抵抗は銀行から始まる。そこではKYC(Know Your Customer:顧客確認)規制が、AI自動化にとって突破不能の障壁になっている。
銀行の厄介なところはこうだ。常に、あなたのパスポートを求める。そして、ほとんどの人は住所証明も必要になる。多くの場合、頭を動かして瞬きをする自撮りまで求められる。まるで何かのオーディションを受けているかのように。しかも、あなたはすでに3つの銀行で同じ手続きをしているのに、それぞれが「初対面の赤の他人」扱いをする。
業界調査によれば、人々は約18分で諦める。当然だ。平均して168個ものパスワードを管理しており、それらはすべて同じ書類を要求してきたアカウントだからだ。どのメールアドレスを使ったか、どのパスワードの派生形にしたか、データを保存したか(漏えいリスクを背負う)それとも毎回打ち直すのか──そうしたことを覚えていなければならない、実に煩わしい世界である。
繰り返しは終わらない。自動車保険は免許証、車のVIN(車両識別番号)、5年分の運転履歴を求める。火災保険は屋根の築年数、HVAC(暖房・換気・空調)の状態、消防署からの距離まで知りたがる。生命保険は、基本的に医療に関する自分史を要求する。住宅ローンは言うまでもない。多くの人が「家探しそのものと同じくらい辛い」と口をそろえる、2カ月にわたる地獄である。
これを国境をまたいで行えば、摩擦はさらに増幅する。W-8BENの税務フォームはどうか。3年ごとに期限が切れ、銀行ごとに別々に提出が必要で、米国内国歳入庁(IRS)によれば7時間かかる。バンコク銀行はFATCA規則を理由に、多数の米国人の口座を予告なく凍結したばかりだ。人々は日々の支出のために、自分の資金へアクセスできなくなった。
Amazonのような小売大手がAIエージェントを遮断するのにも、それなりの理由がある。同社は2025年第2四半期だけで広告から157億ドルを生み出した。この収益は、ユーザーが「何を」「いつ」目にするかをコントロールすることに依存している。
「Amazonは、取引そのもの以上に、取引によって生成されるユーザー単位のデータ・アーティファクト(副産物)から、同等かそれ以上の価値を引き出している」と説明するのは、プラットフォーム経済を広範に研究してきたデジタル広告アナリストのEric Seufertだ。フィンテックのポートフォリオを統括していた元Google幹部Vladimir Shmidtはこう指摘する。「AIエージェントが閲覧、比較、レコメンド経由のクリックを省いて購入に直行すると、プラットフォームが失うのは1件分の取引に相当する広告収益だけではない。次の1000万人のユーザーに何を見せるべきかを教える、あらゆるデータを失うのだ」
金融機関が自律型AIを恐れる理由
AIモデルはすでに、金融タスクの多くを処理できる。書類を読み取り、フォームを埋め、計算し、複雑な指示に従うことが可能だ。それでも銀行や金融サービス提供者が許可を与えないのには、3つの根本的な問題がある。
規制遵守
マネーロンダリング対策の法令は、金融機関に顧客の本人確認と取引パターンの監視を求める。AIエージェントが送金を開始した場合、法的責任は誰が負うのか。現行規制は人間の意思決定を前提としている。AIへの委任について明確な枠組みがない限り、銀行は無制限の規制上の責任を負うリスクを抱える。
認証の危機
金融サービスは、規制当局の要請により本人確認に毎年数十億ドルを費やしている。では、銀行はAIエージェントが口座へアクセスする正当な権限を持つことを、どう確認すればよいのか。保険会社は、請求を行うボットが実際の契約者を代表していると、どう確信すればよいのか。
平均的な住宅ローン申請ですでに、複数の収入証明、銀行取引明細、納税申告書が必要になる。いま金融機関は、人間だけでなく、その「デジタル代理人」をどう認証するかまで考えなければならない。1つのミスが連邦レベルの調査を招きかねない。
不正防止システム
銀行の不正検知アルゴリズムは、異常なパターンを探す。そこにAIエージェントの行動が含まれる。高速な取引、完璧なフォーム入力、即時の意思決定は、ボットを捕捉するために設計されたセキュリティ警告を次々と作動させる。資金を守るために構築されたシステムが、AIに資金を管理させることを積極的に妨げている。
金融に潜む「見えない税」
銀行や小売業者がシステムを守る一方で、摩擦という税は日々積み上がっていく。
調査によれば、金融関連の申し込みは放棄率が68%に達し、欧州の金融オンボーディングだけで年間57億ユーロが失われている。
消費者の11%は、再入力が必要なことだけを理由に保険の乗り換えを先延ばしする。住宅ローンの申請者は、承認プロセスが長期化する間に書類の期限が切れるため、同じ書類を何度も提出することになる。ある苛立った申請者は「住宅所有者保険をローン担当者に提出したのに、2日後にローン処理担当者がまた住宅所有者保険を求めてきた」と表現した。
小売側も同様に厳しい。カート放棄率は70%に達し、チェックアウトのフローは本来12で足りるところ、平均23.48個のフォーム要素(入力項目)を含む。クレジットカード、銀行情報、請求先住所といった金融データは取引をまたいでも同一であるにもかかわらず、加盟店ごとに毎回再入力が求められる。
国際的な金融サービスは、より大きな課題に直面している。EUには24の公用語、86種類の身分証カード、181種類の居住関連書類が存在し、いずれも機関間で持ち運べない。FATCAの報告要件を避けるため、米国人顧客を全面的に断る海外銀行も日常的に存在する。
暗号資産の現実チェック
暗号資産の世界におけるAIエージェントの経験は、自律型金融が直面する課題を先取りしている。
「Elizaで最もがっかりしたのは、私たちはオープンなクロー(万能ツール)になれたかもしれないのに、みんなが欲しがったのは取引エージェントだけだったことだ」と、ElizaOSのShawは私に語った。彼は核心的な問題をこう説明する。「ミームコインで人が儲ける理由は、ほとんどがインサイダー取引であるのは明らかだ。重要なのはLLMがどれだけ優れているかではなく、どれだけ情報が優れているかだ」
ElizaOSは暗号資産AIエージェントの人気フレームワークになったが、実用的な用途はなお限定的である。Shawは創造性の欠如をこう指摘した。「暗号資産でElizaを使った人は、だいたいローンチパッドか、リプライ係か、取引ウォレットのどれかを作って、それで終わりだった。他には何もない」
高度なAIであっても、基本的な金融タスクに苦戦する。ElizaOSは現在、「エージェンティック・ゲーミング」へと舵を切っている。現実の金融市場が現行のAI能力には複雑すぎることが明らかになったため、合成世界を用いて学習データを生成するという方向転換である。
Shawは、ゲームへの転換をこう説明した。「この周りでゲームや体験を作っている……ゲームは本当に、私たちにとって、Anthropicが得ているのと同じデータをどうやって手に入れるか、つまり、より賢いエージェントを作るための方法なのだ」
現実の金融から合成世界へと後退する動きは、インフラの欠落を示している。AIが金融市場を理解できないわけではない。Shawは小規模モデルでも「微調整(ファインチューニング)すると、すぐに劇的によくなる」と述べている。問題は、完璧なAIであっても許可の壁にぶつかることだ。銀行は取引を許可せず、ブローカーは注文を受け付けず、決済事業者は取引を承認しない。
委任型金融インフラの登場
この対立のただ中で、既存の金融・小売システムを脅かすことなく許可問題を解決できると賭ける、新たなカテゴリーの企業が現れている。
100万ドル超のプレシード資金を調達したサンフランシスコのSumvinは、自らを「許可制のAI駆動・委任型金融プラットフォーム」と呼ぶものを構築している。銀行を迂回したり、決済事業者と競合したりするのではなく、金融機関と小売業者の双方が必要とするインフラを作ろうとしている。
Sumvinを率いるSimon Jonesは、こう端的に言う。「AIは、コンテンツを生成するだけでなく、構造化された現実世界の行動を取れる段階に到達した。だが、AIが消費者金融で行動するには、許可と検証可能なインフラが必要だ」
Jonesは一筋縄ではいかない人物である。彼は暗号資産カードのブームの背後におり、1億人の暗号資産ユーザーがウォレットから支出できるようにしたBaanxのMetaMask Cardの立ち上げにも関わった。Exodusは昨年11月にBaanxを1億7500万ドルで買収し、SumvinはJonesの新たなベンチャーである。
Sumvinが行うのは、基本的にはコマースから摩擦を取り除くことだ。金融サービス向けの「エージェント用潤滑剤」と考えればよい。KYCは一度だけ実施し、暗号技術を用いてSeiブロックチェーン上に保存する。これにより、AIエージェントは毎回すべてのデータをさらすことなく、本人であることを証明できる。
銀行が本当に関心を持つかもしれない理由はここにある。面倒なくコンプライアンス(法令順守)を満たせるからだ。銀行は、あなたにパスポートを再アップロードさせることなく、AIエージェントが資金を動かす許可を持っているかを確認できる。保険会社は、新たな書類手続きなしに、あなたが本当に契約者であることを検証できる。投資会社は、ルールを守りながらエージェントに取引をさせられる。
Jonesは、Sei上に構築することで「今日、人々が依存している金融システムとつながり続けながら、委任型金融をゼロから設計できる」と述べる。彼らはこれを「ハイブリッド・バイ・デザイン」と呼ぶ。要するに、すべてを壊さずに旧来のシステムを新技術と連携させるということだ。
数兆ドル規模の機会
Sumvinであれ、別のインフラ企業であれ、金融機関とAIエージェントの現在の膠着状態が持続不可能であることは確かだ。
摩擦コストを記録した研究は、冗長な本人確認を排除すれば、数兆ドル規模の経済価値が解放されうると見積もる。しかし、その含意は効率改善にとどまらない。
AIエージェントが定義されたパラメータの中で、投資のリバランス、保険の最適化、請求書の交渉、ローンの比較検討といった金融タスクを実行できるようになれば、消費者金融は完全に変わる。これらの取引における「許可レイヤー」を握る企業は、自動化された金融経済の料金所になる。
現時点で消費者は、整合しない3つの現実の狭間に閉じ込められている。AIが資産管理を担うべきだという期待、それを実行できるほど高度なモデル、そして、それを許さない機関である。銀行はAIが開始した取引を処理しない。小売業者は自律型エージェントを遮断する。ElizaOSのような成功したフレームワークでさえ、現実の金融自動化を解決する代わりにゲームへと退避している。
AmazonのCEOであるAndy Jassyは、AIエージェントとの将来的な協力には「エージェント間と小売業者自身の間で、適切な価値交換が必要だ」と示唆している。その交換を成立させるには、規制当局を満足させ、機関を守り、消費者を助ける形で許可問題を解く必要がある。
欧州の金融サービスにとっての57億ユーロの問い、そして世界のコマースにとっての2600億ドルの問いは、変化が起きるかどうかではない。変化が起きたときに、誰が利益を得るのかである。
Sumvinは、金融機関がコンプライアンスを維持しながら摩擦を排除できるインフラを築いた者が答えになると賭けている。放棄された申請や口座によって何十億ドルも失い続けるという代替案を考えれば、彼らの言い分にも一理あるのかもしれない。
ElizaOSのShawはこう語った。「現実としてAIは、解かれた問題だ。解こうとしている問題が何か分かっていて、入力と出力があれば……問題は、私たちが実際にやっていることの大半について、入力が十分にないことだ」
金融サービスの許可インフラを誰かが構築するまで、AIエージェントは金融ツールではなく高価なおもちゃのままである。モデルは動く。消費者は望んでいる。だが、有能なAIと、それを望むユーザーをつなぐインフラのレイヤーがなければ、私たちは逆説の中に取り残される。詩を書き、市場を分析し、複雑な問題を解けるAIアシスタントが、誰も許可しないという理由だけで銀行口座を開けず、株を買えないのだ。



