T-Penには複数のセンサーが搭載され、筆記時のデータが蓄積される。十数年前から続く研究で、人が文字を書いている時の心理変化や脳の活動パターンを、このデータを通じて分析している。手で書いたものはよく覚える──誰もが経験的に知っていることだが、脳の中で何が起きているのかは科学的に十分解明されていない。
「バシッと証明できていればいいんですけどね」と石川は笑う。証明できていないから研究している。証明できれば、次は商品化のフェーズだ。
この研究が実を結べば、筆記の可能性は文具の枠を超える。エンターテインメント、医療、ウェルネス、教育──石川が挙げる応用領域は広い。手書きがもたらす認知的効果が定量化されれば、デジタル全盛の時代にこそ、「書く」という行為の価値が再評価される可能性がある。
ノートには汚れがつき、書いた時の風景が記憶と結びつく。パソコンでまとめた無機質な情報には、その手がかりがない。石川は「ノートだとなんか覚えてるんですよね」と、自身の実感として語る。ロマンチックな話に留めないために、テクノロジーで裏づけを取ろうとしている。それがT-Penの研究の本質だ。
200年目の経営者への手紙
インタビューの最後に、創業200周年のゼブラ経営者に手紙を書くとしたら何を伝えるかと尋ねた。
石川は少し考えてから、意外な方向に話を進めた。
「200年続いているということは、書くことを通じて人や社会に新しい価値を提供するという我々の追求が、ビジネスモデルとして成立しているということでしょう。むしろ逆に、200周年の経営者に会えるならば、それが何だったのかを聞いてみたい」
そして、こう続けた。
「歴代の経営者を間近で見ていて、創業者が掲げた“和”という経営理念について書きたい。祖父も父も、お客様志向でより良い製品を提供することは当然ですが、それと同じぐらい、もしくはそれ以上に、社員が笑顔でいるか、みんな仲がいいか、そういうところを大切にしてきた」
ゼブラの経営理念は「和と挑戦」。石川自身は「挑戦」の方に力を注いでいると自認している。ミドルアップダウンへの転換も、THE ZEBRAも、新規事業への投資も、全て挑戦の風土を組織に根付かせるための取り組みだ。しかし、200年後に伝えたいのは「和」だという。
「ゼブラの家族が、いつまでも仲良く、笑顔の絶えない楽しい会社として続いていく。できるなら、それを永遠に続けてもらいたい」
130年の歴史を持つ非上場のオーナー企業は、短期的な株主還元に追われることなく、社員の幸福と持続的な成長を同時に追求できる。石川の考え方は、上場企業とは異なる企業統治のあり方を示している。
海外では「ゼブラ企業」という概念が注目されている。ユニコーンのように爆発的な成長を志向するのではなく、持続可能性と社会性を重視する企業のことだ。社名との偶然の一致以上に、130年の歩みそのものがゼブラ企業の体現といえるのかもしれない。


