多くのキャンパスでは、毎週同じ光景が繰り返される。教授がホワイトボードで、矢印や簡単なスケッチ、数式を交えながら説明を終え、問題へのアプローチを学生にリアルタイムで示す。授業後、教授は研究室へ戻り、その説明をスライドとして作り直す。こうした「授業後の作り直し」は、しばしば授業そのものより時間がかかり、しかも効果は薄い。結果として、手描きの解説は減り、段階的なビジュアルも減り、その場で構築するより再利用しやすい静的な教材が増えていく。
Jibbは、解決策は教員向けにコンテンツを生成する別のツールではなく、教員がすでに行っていることを取り込み、時間を奪う変換作業を取り除くツールだと見込む。同社のプロダクトComak.aiは、紙やペンで描いたスケッチを編集可能なデジタル素材へと変換し、教員がそれを磨き込んだうえで、PowerPointやCanvaなど、すでに使い慣れたツールに取り込めるようにする。狙いは、手書きやホワイトボードを中心に据えたまま、教員に新しいワークフローの採用を強いることなく、アウトプットを再利用可能にすることだ。流れはシンプルである。描く、撮る、整えて編集する、そして書き出す。別のデザインツールでゼロから図を作り直す必要はない。
ペンのスケッチをデジタル素材へ
Jibbは、物理的な手書きとデジタル上のコラボレーションのギャップを埋めるために設立され、「手書きの力を生かし続ける」ことをミッションに掲げる。インタビューでJibbのCEO兼共同創業者であるマスード・ドゥザン氏は、Comakを紙のスケッチからデジタル世界へ入るための「扉」だと表現した。教員は紙やホワイトボードに書き、スマートフォンのカメラで撮影し、Comakの環境に取り込んで強化したうえで、最終的に好みのプレゼンテーション/ドキュメント作成ツールへ書き出す。ドゥザン氏は「肝心なのは簡単にすることだ。教材を最新に保つためだけに、新たな作図の作法を学ぶ時間は教員にはない」と強調する。
スタンフォードの化学教員が抱える「ペンの痛点」
スタンフォード大学の化学講師ニック・ディメロ氏は、問題をこう表現した。「コースを構築するのはワクワクする作業だ。しかし、スライド、ワークシート、更新、修正という終わりのないサイクルが始まると話は別だ」。このプロセスの単調さが教員を疲弊させ、中途半端な教材を生み出す結果となる。
化学は、なぜペン入力が残り続けるのかを際立たせる分野でもある。化学には素早い図解が必要だ。教員は、機構、構造、変換を素早く描くが、紙のほうがソフトウェアより速いからである。ディメロ氏は、必要なものを紙に数秒で下書きし、その後Comak.aiで再利用可能なオブジェクトにできる。同じ図を従来のグラフィックソフトで作り直すのは、「ゼリーの中を歩くよう」だと感じることがあるという。ペンの実用的価値は完璧さではなく、教員の自然なプロセスを損なわずに得られるスピードにある。
ペンは学生にとっても授業を自然にする
ディメロ氏が語ったポイントの中でも、特に示唆的だったのが、書くことの自然さについてだ。時には、作業の中にある「手」を学生に見せたいのだという。磨き上げられた図は教科書からそのまま出てきたように見えるが、スケッチは学生でも作れそうに見える。授業が過度に作り込まれたものになると、意図せず心理的ハードルを上げてしまうことがある。教員がデザインソフトを使って作ったのなら、学生はどうやってそれをやればいいのか、というわけだ。
Comak.aiは「雑然としているが自然」か「きれいだが時間がかかる」かの二者択一を強いない。教員はまずスケッチから始め、再利用に向けてどれだけ磨き込むかを決めればよい。その結果、解答例が増え、学生のニーズに合わせて教材をカスタマイズしようとする教員の意欲も高まる。
これは重要である。教えることは本質的に反復的だからだ。最良の説明とは、教員が再利用し、改訂し、複数クラス間で共有したいと思う説明である。歴史的に、ボード上の良い瞬間を再利用可能な素材に変える作業はあまりに労力がかかり、多くの教育者は実行しなかった。Comakが狙うのは、まさにこの取りこぼされてきた機会である。
だが教員は料金を払うのか
JibbはComak.aiをユーザー単位で提供し、企業向けの導入にも対応する。インタビューでドゥザン氏は、現実的な問いを投げかけた。個々の教員はこれに料金を払うのか。
ディメロ氏の答えは実務的だった。確実に数時間を節約できるなら、答えは簡単にイエスだ。そして教育テクノロジーは、しばしばそのように広がる。ある教員が導入し、同僚が気づき、議論は「これを買うべきか」から「学科やキャンパスとしてライセンスを取得すべきか」へ移っていく。言い換えれば、生産性がそれ自体で普及を生み出すのである。
AIで「ペン」をデジタル世界に残す
教育分野のAIの見出しの多くは依然としてコンテンツ中心で、下書き、要約、応答を担うツールに焦点が当たる。Jibbの賭けは、より静かで、しかし多くの教員にとってはより直接的に有用だ。AIを、教えるうえで最も時間が無駄になりやすい部分に適用すること。説明する行為ではない。後から説明を作り直し、スライドやワークシート、再利用可能な授業素材として残せるようにする行為である。このAIは教師の役割を担うのではなく、制作アシスタントになる。
この違いは重要である。教員に必要なのは、考え方や教え方を変えるよう求める別のシステムではない。ペン、ホワイトボード、素早いスケッチという最も自然な指導のワークフローを尊重し、それを持ち運べる形にし、見栄え良く整える際の摩擦を取り除くツールである。
Comak.aiがディメロ氏の説明どおりの価値を提供できるなら、教員と学生にとっての利点は明確だ。教員は最も得意なやり方で教え続けられる。学生は、人間味があり、自分にもできそうに感じられる形式で、アイデアがリアルタイムに形になるのを見続けられる。そして「授業後の変換」に消えていた時間は、本来あるべき場所に再投資される。より多くの例、より多くの反復、そして書式整形ではなく教育そのものに費やされる時間である。



