サイエンス

2026.03.09 18:00

群れにメスがいなくなると「性転換」する魚、クマノミの驚くべきメカニズム

クマノミの仲間(Shutterstock.com)

性転換を引き起こす要因

全体を方向づける脳の変化に加えて、クマノミの性転換の分子的メカニズムには、性ステロイド経路と制御遺伝子という、よく研究された仕組みが関わっている。

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クマノミの性転換において主役を務めるのは、「アロマターゼ」という、テストステロンをエストロゲンに変換する酵素であり、この酵素はcyp19a遺伝子上にコードされている。2023年に学術誌『Brazilian Journal of Biology』に掲載された論文では、性転換中の飼育下のクマノミにおけるアロマターゼ遺伝子(cyp19a1aおよびcyp19a1b)の発現量が測定された。研究を行なったチームは、遺伝子発現の増加が、性転換のタイミングと同期することを確認した。

具体的には、2種類のアロマターゼ遺伝子の発現量増加はいずれも、つがい形成と社会的相互作用が数カ月にわたって続いたあとに起こり、さらに、性転換が完了するには最低でも5カ月が必要だった。このことは、遺伝子発現の変化は、単なる性転換のトリガーというよりも、むしろ性転換プロセスのなかの継続的要素であり、これにより、社会的文脈が発達生物学的プロセスへと翻訳される、と考えることができる。

これらの研究から、クマノミにおける性転換の制御機構には、以下のような階層性があることが明らかになりつつある:

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・社会的手がかりが、神経学的変化を促進する

・神経学的変化が、内分泌(ホルモン)シグナルを変化させる

・内分泌シグナルが、性関連遺伝子と相互作用し、生殖腺組織を再構築して、性転換を完了させる

性転換のプロセスは全体として、脳、行動、体の連鎖的な変化といえる。しかし、クマノミの生物学的メカニズムが活性化したとしても、その行動は、必ずしも瞬時に切り替わるわけではない。研究者たちは、性転換中のクマノミの行動パターンの変化が、内分泌と生殖腺の変化に遅れて生じることを明らかにした。

2022年に学術誌『Hormones and Behavior』に掲載された論文によれば、メスに性転換中であるクマノミでは、体内で生殖腺の変化が起こっているとしても、攻撃行動や子育て行動はオス的な行動のままだ。身体的な性転換がおおむね完了したあとでようやく、行動形質が、メスの典型的なパターンへと変化し始める。

この事実は、社会行動の再構築に先行して、形態と内分泌の変化が生じるという変化の順序が極めて重要であることを意味する。このような知見は、「性転換は一様に進む変身プロセスだ」という考えに修正を迫るものだ。クマノミの性転換は、むしろ段階的なプロセスであり、複数のシステムのアップデートが別々のタイミングで行われるようだ。

魚の性転換がなぜ重要なのか

クマノミの性転換は、単なる海洋生物の不思議な生態にとどまらない。この現象は科学的に見て、生物学的な性の可塑性とレジリエンス、社会環境と生理的機能の相互作用を理解するモデルとなるものだ。哺乳類の性がおおむね染色体によって決定されるのに対し、クマノミは、生物個体の性的アイデンティティが、成体になったあとも再編され得るものであることを裏づけている。

クマノミの性転換に関する研究は、魚類学の領域を超えて、幅広い示唆をもたらす。クマノミの研究は、成体の脳が、社会的刺激に応じて再構築される可能性を示している。神経学的可塑性や内分泌制御、環境が、生物個体に対して、従来想定されていなかったような形で影響を与えるメカニズムについて、新たな洞察をもたらすかもしれない。

この分野の研究は急速に進展しているものの、いまだに多くの未解決の謎が残されている。例えば、以下のようなものだ:

・性転換のメカニズムは、種間でどれだけ共通しているのか? 同じような分子的経路を利用する異時的雌雄同体の魚はほかにもいるのか?

・気候変動のような環境ストレスは、性転換にどのような影響を与えるのか? 社会的手がかりの作用は、環境ストレスの影響を帳消しにするほど強いのか?

・魚の性転換に関する知見は、保全やバイオテクノロジーといった、実践的応用につながるか?

確かなのは、クマノミの驚くべき変化は、ごく単純な社会的手がかりに端を発するということだ。彼らは、脊椎動物の発達的可塑性に関する私たちの先入観に異を唱える、生きた証拠なのだ。

forbes.com 原文

翻訳=的場知之/ガリレオ

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