サイエンス

2026.03.09 18:00

群れにメスがいなくなると「性転換」する魚、クマノミの驚くべきメカニズム

クマノミの仲間(Shutterstock.com)

クマノミの仲間(Shutterstock.com)

魚を主人公にしたアニメ映画『ファインディング・ニモ』を観たことがある人なら、ニモの母親の死後、ニモを育ててきたのが勇敢な父親だったことを覚えているだろう。あまり知られていないことだが、この筋書きは、実際のクマノミの生態を反映している。また、サンゴ礁に暮らす魚には、ほかにも同じような生態をもつ種が多くいる。

クマノミ属(Amphiprion)の魚は、異時的雌雄同体(sequential hermaphrodite)であり、オスとして生まれた個体が、特定の社会的状況下でメスに変化する。すなわちクマノミは、ほとんどの脊椎動物とは異なり、成体になったあとで、生殖に関わる自分自身の形態的特徴を根本から変化させることができるのだ。このような並外れた変身能力は、長年にわたって科学者たちを魅了してきた。

では、クマノミのオスをメスへと切り替える生物学的なスイッチとは、いったい何なのだろうか? この問いの答えは、社会構造、遺伝子発現、神経生物学が交差する場所に隠されている。クマノミの性転換システムが、たいていの人が想像するよりもずっと洗練されたものであり、そこから脊椎動物の繁殖生態の可塑性の一端が垣間見えることを、以下に解説していこう。

クマノミの性転換メカニズム

クマノミは、緊密な家族集団を形成しつつ、イソギンチャクのそばを離れることなく生活する。集団内で繁殖に参加するのは、1匹の優位メスと、そのつがい相手である優位オスの計2匹だけだ。劣位のオスは、自分の順番が回ってくるのを待つ。

クマノミの順位制は厳格で、種の生態の基礎をなしている。この厳格さのおかげで、優位メスが姿を消したときには、優位オスは間髪をいれずに、メスへと性転換する複雑な生理的プロセスを開始する。

クマノミの性転換は、ランダムなタイミングで始まるわけではない。2003年に『Nature』誌に掲載された古典的論文では、野外と実験室での研究から、社会的手がかり(social cue)、特に優位メスの不在が、一貫してオスの成長の急加速および行動変化のトリガー(引き金)となり、そこから性転換プロセスが始まることが明らかになった。

カクレクマノミのメス(左)とオス。群れの中で一番大きい個体がメス、二番目に大きい個体がオスになるという仕組みになっている(Georgette Douwma / Getty Images)
カクレクマノミのメス(左)とオス。群れの中で一番大きい個体がメス、二番目に大きい個体がオスになるという仕組みになっている(Georgette Douwma / Getty Images)

集団から優位メスがいなくなるという社会的トリガーは、ほかのどんな要因よりも、安定してクマノミの性転換を誘発する。だが、話はこれで終わりではない。そのあとに起こる、クマノミの生物学的転換は、その脳と体において、分子レベルで精密に制御されている。

研究者たちは長年にわたり、このプロセスは、クマノミの生殖腺で始まるのだろうと推測してきた。しかし最新研究により、性転換中のクマノミの脳では、大規模な神経の再編が起こることが判明した。

2024年に学術誌『Biology of Sex Differences』に掲載された論文は、性転換中のクマノミの前脳を、個別の細胞レベルでマッピングしている。シングル核RNAシークエンシング(single-nucleus RNA sequencing)と呼ばれる最先端の手法を用いた分析により、オスの脳とメスの脳では、神経細胞の種類と遺伝子発現のパターンが大きく異なることが明らかになった。

論文著者たちは、オスからメスへの神経学的転換に関与する主要な分子機構として、エストロゲン経路と神経ペプチドシグナルがあることを突き止めた。わかりやすく言えばこれは、性転換の開始と協調を司るのは脳である可能性が高いことを示唆する。つまり、クマノミの性転換は、脳がセンサーと配電盤の役割を兼任する、個体のすべてが関与する事象と捉えるべきなのだ。

次ページ > 性転換には最低でも5カ月必要

翻訳=的場知之/ガリレオ

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事