以下、ニューヨーク・ブルックリン在住の作家、新元良一氏にご寄稿いただいた。
タイムズにもはや紙媒体のイメージはない
2月初め、米国有力紙ワシントン・ポストが経営不振を理由に、スポーツ部門やブックレビュー部門の閉鎖とともに、全体の3分の1にあたる従業員を解雇するニュースが流れた。驚いたというより、ついに来たかと思わせる報道だった。
わたし自身は一時期、ワシントン・ポスト(以下ポスト)のデジタル版の読者だったが、ほかに読むべきものが多いため、何年か前に定期購読を取りやめていたが、ここしばらく米国の大手新聞各社の経営状況がきびしいとは耳にしていた。オールド・メディアという表現で、新聞は時代遅れと日本で論じられることもあるが、米国の場合、十把一絡げに同メディアを括ることにはためらいを感じる。
一括りにできない大きな理由に、同様に長い歴史を持つライバルのニューヨーク・タイムズ(以下タイムズ)というメディア企業の存在がある。
20世紀末と早い時期に記事のデジタル化に着手したタイムズは、過去10年間ポッドキャスト部門に力を入れ、「Daily」をはじめとする人気番組を制作してきた。また、オンライン記事における画像・映像によるビジュアル的効果を図り、料理レシピやゲーム、商品レビュー部門にも力を入れた。2月に発表された昨年度末の時点でのデジタル購読者は、9月末の時点から45万人増加したと好調ぶりが目立つ。「メディア企業」と前述したが、新聞社ではあるが少なくともわたしには、タイムズにもはや紙媒体のイメージはない。
「どちらの側にもつかないのは、どちらかの側につくということ」
ポスト社内での大量解雇に至った背景として、タイムズのようなデジタル事業を成長軌道に乗せられなかった点を指摘する米メディアもあるが、これはポストに限ったことではないだろう。むしろタイムズのひとり勝ち的な勢いが、いまの米国のメジャー新聞社の状況を語っている。
デジタル事業以上に今回の経営の刷新で気になるのは、ポスト内の現体制による、自らの社会における役割認識である。使命の自覚と言っていいかもしれない。
ポストの経営不振につながった大きな要因に、読者離れが挙げられる。そのきっかけとして、2024年の大統領選挙中の同社の姿勢が指摘される。
民主党候補で、カマラ・ハリス前副大統領への支持を表明したタイムズに対し、ポストもまたハリス氏支持の記事を掲載する予定であった。しかしそこで、2013年から同社オーナーを務める、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス率いる経営側からストップがかかる。掲載差し止めの理由は、いずれの候補にも肩入れしない“公平性”を重んじる経営判断だったとされる。
今回のポストの経営刷新をめぐる報道は、メディアのみならず米社会に衝撃をもたらした。一報を知らせたタイムズの記事にも多数の読者コメントが寄せられたが、その中で先の記事掲載差し止めを境に、購読をやめたひとりの読者の言葉が目に留まった。
「どちらの側にもつかないのは、どちらかの側につくということ(Not taking a side is taking a side.)」
禅問答さながらの表現だが、“ハリスを支持しないのは、トランプを支持するのと同じ”という文章の捉え方とともに、ポストというメジャーな新聞の経営方針の転換を示唆するようにも映る。つまり、これまでの側(side)=編集方針から離れ、新しい側への移行、と読み取れるのだ。



