リーダーシップ

2026.03.03 09:49

経験こそがカリキュラム──地図が通用しない時代のリーダーシップ

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計画会議が半ばまで進んだところで、誰もが言い淀みながら避けてきたことを、誰かが口にする。「このメンバーの半分が6カ月後にここにいないのだとしたら、いま話していることに意味があるのか分からない」。部屋は静まり返る。議題が指の間からすり抜けていく感覚がある。

多くのリーダーは、話をスライドに戻し、元の流れへ舵を切ろうとする。だが別の選択肢もある。いま表面化したものを「データ」として扱うのだ。不安、先行きの見えなさ、人々が黙って会議室に持ち込んでいる重荷。これらは仕事の邪魔ではない。むしろ、それこそが仕事なのかもしれない。

「計画を立て直す」という衝動には、その背後に物語がある。MIT Sloan Management Reviewに掲載された「英雄的リーダーシップの問題」で、Janaki Gooty、Corinne Post、Jamie Ladgeは、危機におけるリーダーシップがしばしば"スーパーヒーロー"的に語られることを説明している。すなわち、並外れた主体性、統制力、確信を備えたリーダー像である。同稿は、INSEADの教授Gianpiero Petriglieriが「偉大なリーダーこそがあらゆる病の治療薬だという信念」と定義する「リーダリズム」にも触れている。そして不安が強いほど、その物語は魅力的に見えてくる。

静まり返った部屋には、その引力が漂う。リーダーが確信を演出し、場の空気を「直してくれる」ことへの、口にされない期待だ。だが英雄的な脚本には代償がある。リーダーが無敵を演じねばならないとき、チームは不確実性を隠し、悪い知らせを和らげ、厄介な真実を部屋の外に置くことを学んでしまう。適応のために本来必要な情報が、まさに消えていくのである。

何かが変わりつつある。リーダーや教育者はそれをさまざまな言葉で言い当てているが、要点は同じだ。古い道具は、いまの地形にうまく合わない。McKinseyは2025年末に端的にこう述べた。「変化をマネジメントするためのツールキットは時代遅れだ」。エグゼクティブ・コーチのCaroline Kealeyはさらに鋭い。「知的誠実さとは真実に向き合うことだ──チェンジマネジメントは機能していない。天気に向かって叫んでいるようなものだ」。

かつては状況を明確にしてくれたフレームワークも、いまや概念的すぎ、遅すぎるものに感じられることがある。特に、会議室にあるのが自動化への不安、政治的緊張、悲嘆、ウェルビーイングや雇用の安定に関する現実的な懸念であるときはなおさらだ。その文脈では、「コンテンツ」が妙に脆く感じられる。実際に起きていることの上に、ふわりと浮いているかのように。

リーダーシップに関する高い評価を得た4冊の著作(『Changing on the Job: How Leaders Become Courageous, Wise, and Steady in an Anxious World』など)を持つJennifer Garvey Bergerは、いま生まれつつあるものを言語化している。「いまの時代、古い地図の多くはほとんど役に立たず、変わってしまった──変わり続けている──道を、私たちを自信満々に導いてしまう」。この見方に立てば、課題はより良いフレームワークを暗記することではなく、別種の実践者になることに近い。起きていることに気づき、好奇心を保ち、パニックに陥ることなく見立てを更新できる人である。縁に立ちながらも地に足がついており、未知のための余白を保てる人だ。

この変化の反響は、数十年にわたる社会科学の研究にも見出せる。Karl Weickのセンスメイキング研究は、リーダーシップを、曖昧な状況を言葉へと変換し、それが「行動への跳躍台」になる営みとして捉える。David Kolbの経験学習理論も同様の点を強調する。学習は一度きりのダウンロードではなく、「経験に根ざした連続的なプロセス」であり、しばしば緊張や対立によって駆動される。そしてChris Argyrisのダブルループ学習は、さらに踏み込む。行動を調整するだけではない。前提そのもの、つまりそもそも何を目指すのかを決める「サーモスタット」を問い直すのである。これらの視点を合わせると、適応力とはより良い台本の問題ではなく、より良く「気づく」力の問題だと示唆される。

この転換をより具体的にする1つの方法は、いくつかの大まかな対比で考えてみることである。

これを読んだうえで、気に留めておくとよい点がある。自分の組織は、特にストレス下で、どちらの「地図」を報いるのか。そして、どちらを静かに罰しているのか。

これを本気で受け止めるなら、日々の仕事の中に学習サイクルを設計として組み込む、という実験が考えられる。

始め方の1つは、起きていることに名前をつけることだ。「私が気づいているのはこういうことだ。ここが不確かに感じられる。ここで見落としているかもしれないのはこれだ」。MIT Sloanの研究は、これを驚くほど実用的にしている。著者らは「人間味のある」リーダーを、センスメイキング(混乱から方向性をつくるために混乱や混線を解釈する)とセンスギビング(他者が動けるよう意味を伝える)を実践する人だと述べる。彼らは感情をノイズではなくデータとして扱い、すべての答えを持っているふりはしない。

また、人々が「賢く間違える」ことを招き入れることもできる。あるいはAmy C. Edmondsonの言葉を借りれば「正しい種類の間違い」だ。小さく、境界が明確で、試すのに十分安全で、学びが十分得られる実験である。そして、その種の学習が起こる条件を整えられる。ハーバード・ビジネス・スクールのリーダーシップ教授であるEdmondsonは、心理的安全性を「チームのメンバーが、対人関係上のリスクを取ってもチームは安全だという共有された信念」と定義している。人々がリスクや不確実性を早い段階で表に出せると、チームはより速く賢くなる傾向がある。現実がより早く到達するからだ。

次に問うべきは、その結果として何が変わるのかという点である。システム側──チェックリスト、意思決定ルール、オンボーディング、会議の規範──に何も変化がなければ、組織は学習していない。個人が何かを経験しただけである。ここで助けになるのが、価値観を明示したままにしておくことだ(私は価値観の整合でこの点を書いた)。私たちはどの価値に奉仕しているのか。どの価値を損なうリスクがあるのか。この実験を安全に保つガードレールは何か。

時間が経つにつれて、仕事は、チームがリアルタイムで地図を更新し続けられる文化を築くことのように見えてくる。感知し、実験し、内省し、統合する──明確な価値観のガードレールの内側で。

この視点に立つと、公式であれ非公式であれ、リーダーシップは完璧な計画を提供することよりも、人々が少なくとも世界の変化と同じ速さで学べる条件をつくることに近づいていく。

私はこのダイナミクスが、ある小さな瞬間に表れるのを最近目にした。私が関わったマネジャーが、ステータス会議の途中でいったん立ち止まり、こう言ったのだ。「部屋に何か重さがあるのに気づいている。私たちの計画がそれに触れられているのか、確信が持てない。この議題には入りきらないけれど、今日ここに何を抱えて持ち込んでいる?」

その後に起きたのは、劇的な出来事ではなかった。涙が流れたわけでも、誰かが退席したわけでもない。人々は予算への不安、組織再編の噂、疲労を口にした。彼らは一緒に、ある意思決定を調整し、別のものは先送りした。紙の上では、大きな変化はない。だが後日そのチームと話したとき、複数のメンバーがこんな趣旨のことを言った。「私たちの実際の経験が、仕事の一部だと感じられたのは初めてだった」

私にとって、カリキュラムが宿るのはそこだ。

forbes.com 原文

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