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2026.03.11 10:15

まちを「和える」──バウンダリー・スパナーとして生きた10年の実践

まちの広報を志望しながら秘書課に配属された私は、その落胆をバネにプライベートでまちの飲食店を巡り始めました。仕事とは無関係な場所で店主や常連客と出会い、そこで生まれた「弱い紐帯」が、後に飲食店同士の横のつながり「80会」を生み、公園を貸し切った地域活性化イベント「八尾グルMESSE」へと発展していきました。

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その後も行政マン時代を通じて、私は意図的に「境界」を越え続けました。

行政と民間の境界: 役所の調整力を活かしつつ、経営者の熱量に寄り添う
地域と地域の境界: 八尾の事例を携えて全国へ飛び出し、新たな視点を持ち帰る
業種と業種の境界: 金属、化学、菓子など、まとまりのない中小企業群を「オープンファクトリー」というキーワードで編み直す

ハブの位置に立つには、自ら組織や部署の境界を越え、多様なネットワークに積極的に関わることが求められます。私が「変態」と呼ばれたのは、まさにこのバウンダリー・スパナーとしての動きが、従来の公務員像を大きく逸脱していたからにほかなりません。そしてそれこそが、「みせるばやお」や「FactorISM」という、のちの取り組みへとつながる原動力でもありました。

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まちを「和える」。異分子がもたらす創造力

地域を活性化させるのは「ソトモノ、ヨソモノ、バカモノ」だと言われます。彼らはまさに、既存のネットワークに新たな風を吹き込む「弱い紐帯」の象徴です。しかし問題は、異質な存在をどう「つなぐ」かではなく、どう「混ぜ合わせるか」です。

私が大切にしているのは、コミュニティを「和える(あえる)」という感覚です。ほうれん草の胡麻和えを想像してみてください。それぞれの食材の形や個性を残したまま、ほどよく混ざり合うことで互いを引き立て合います。まちづくりも同じで、異なる価値観を持つ人々を無理やり混ぜ合わせる(ミキサーにかける)のではなく、それぞれの「違い」を尊重しながら、共通の目的で「和えて」いくことが重要です。

2023年に始動した「アーティスト×まちこうば」プロジェクト「LIVEISM」は、その好例です。工場の端材にアーティストが命を吹き込み、製造業という既存の文脈にアートという「ヨソモノ」の視点を和えることで、廃棄されるはずだった素材を「資源」へと転換しました。この取り組みはNHKや各誌で取り上げられ、大阪・関西万博「Co-Design Challenge」にも採択され、6カ月の会期中、万博会場内での展示も実現しました。「違い」を排除するのではなく和えることで、誰も想定していなかった価値が生まれた事例です。

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