私たちは「資産価値」という言葉に踊らされすぎていないか?
「湾岸エリアを肯定するメディアをつくったのは、怒りからでした」
その言葉には、静かだが確かな熱が込められていた。
語り手は、湾岸マンション界の著名アナリスト「のらえもん」氏。2011年の震災直後、世間が湾岸エリアへ厳しい視線を向けるなか、彼はあえてその場所に「城」を構え、覆面ブロガーとして孤軍奮闘してきた人物だ。
今やプロのアナリストとしてひとり立ちした彼だが、その活動の原動力は「金もうけ」ではなく「趣味と美学」にあるという。では、そんな彼が見る現在の東京の不動産市場とは何か。
彼が繰り返し指摘するのは「市場のゆがみ」だ。注目の新築タワーマンションに投機マネーが殺到し、倍率が跳ね上がる。その背景には、再開発事業への税金投入により、周辺相場より割安で販売される構造がある。まるで「宝くじ」のようなその市場で、本来そこに住むべき実需層がはじき出されている現状があるという。
「都心はロンドンやニューヨーク化していく」。彼が語る未来図はシビアだ。金利上昇局面 において、人々は購入を諦めるのではなく、住む場所を変える。都心一等地はグローバルエリートだけの場所となり、その外側にパワーカップル(2馬力)エリア、さらにその外側に単独世帯(1馬力)エリアが広がる。年収1000万円を超えても、もはや都心には住めない。そんな階層化が静かに、だが確実に進行しているのだ。
そこで私が「なぜそれでも湾岸なのか」と問うと、彼はこう答えた。「空の広さと、しがらみのなさですね」。歴史ある土地には濃密なコミュニティがある一方、埋立地である湾岸には「過去」がない。だからこそ、地方出身者も新参者もフラットにつながれる。家は人生のゴールではなく、人生を楽しむための「基地(ベース)」に過ぎないのだと。
取材の最後に、私はふと自身の住まいについて考えさせられた。私たちは「資産価値」という言葉に踊らされすぎていないか。確かに経済合理性は重要だ。だが、のらえもん氏が守りたかったのは、資産ではなく、そこで暮らす家族が見上げる「空」であり「自由」だったのではないか。
変わりゆく東京のなかで、家を単なる投資対象として見るか、人生のベースとして見るか。その視点の転換こそが、これからの都市生活者に求められる「教養」なのかもしれない。そう感じた1時間だった。

北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』


