リーダーがしきりと口にする表現、それは「アラインメント(足並みを揃えること、方向性を一致させること)」だ。
戦略的な提案資料は、アラインメントを約束する。全体会議でも、足並みを揃えるよう求められる。現場を離れて行われるオフサイト研修は、アラインメントを育むことを目的とした内容になっている。チームが「自分たちの足並みは揃っている」と感じられれば、仕事はより円滑に進み、決定事項は遂行しやすく思えるものだ。
ところが、アラインメントは、何かと誤解されている。アラインメントを合意形成ととらえる組織があまりにも多いのだ。全員が一様にうなずき、速やかに合意に達し、摩擦がほとんど起きないことがアラインメントだと考えている。効率的に思えるし、安心感も与えてくれる。
しかし、合意とアラインメントは同じではない。合意とは、全員の見解が一致することだが、アラインメントとは、理解が共有された状態を意味する。そして、リーダーがこの2つを取り違えた場合、行動は速やかでも思考は浅いチームが生まれてしまう恐れがある。
真のアラインメントとは、全員の考えが一致することではない。それは、自分たちの方向性について誰もが深く理解し、時には、理解に基づいて異議を唱えることもできる状態を指す。
合意が進歩のように思える理由
合意は、魅力的に感じられる。会議はより速く終わり、対立は消滅し、安定した意思決定が下されたように思える。リーダーは、沈黙は支持の証しだととらえ、議論が行われないのは、不明な点が存在せず明確だからだと考える。
しかし、人々が沈黙しているのは、確信があるからではなく、むしろ慎重になっているせいであることが多い。人が発言を思いとどまっているのは、確信が持てないからかもしれない。あるいは、意見の不一致は歓迎されないだろうと感じていたり、「すでに決断は下された」と思い込んでいたりする可能性もある。
よく知られているように、心理学者のアーヴィング・ジャニスは、こうした構図を「集団浅慮(グループシンク:groupthink)」と称した。これはつまり、集団が、批判的に評価するよりも調和を優先してしまう傾向だ。団結することが目標になると、異論は静かに消滅し、意思決定は実際よりも強固なものに思えてくる。
多くの組織では、足並みが揃っているよう見えるべきだという圧力がかかり、知らず知らずのうちに疑問を呈することを阻害している。チームメンバーは、物事を掘り下げるよりも調和する方が重んじられるのだと考えるようになり、やがて議論は、情報を得るためのものではなく、単なるパフォーマンスと化していく。
ここでの危険は、人々が心の中で反対していることではない。思考の改善につながり得る「異論」が、いっさい表面化しなくなることだ。



