どこのチームにも、一人は存在している。
ミーティング後の張りつめた空気を和らげる。誰かが調子が悪そうだと、その様子を確認する。誤解を仲裁し、不満を吸収し、配慮のない物言いがエスカレートしないよう、穏便に言い直す。そんな同僚がいるものだ。
そうした人たちが、その場で最も声の大きい存在であることはほとんどない。往々にして、感情を安定させる役回りだ。
そしていつしかその仕事は、人知れず彼らが多くを背負い込むことになる。
社会学者のアーリー・ホックシールドは、「感情労働(Emotional labor)」という用語を最初に用いた人物だ。感情労働とは仕事の一環として、自身や他者の感情をマネージするために求められる努力を指す言葉だ。
感情労働はもともと、接客業などに関して提唱された概念だが、現在の感情労働は最前線のサービス職に限定されるものではない。むしろそれは、オフィスの至るところに存在する。プレッシャーが高まった時に感情を調整し、人間関係を維持し、チームを機能させ続ける、という目立たない仕事だ。
問題は、感情労働の存在そのものではない。それを担う人が偏りやすいことだ。
誰にも評価されない仕事
感情労働は、ほとんどの業績評価指標には含まれない。主要な達成事項としてリストアップされることもない。それでも実際にはチームが崩壊するか、結束を保つかを左右する。
不安に思う顧客を落ち着かせるのは誰か。プロジェクトミーティングで、緊張の高まりに気づくのは誰か。リーダーの厳しいフィードバックを、間に入って和らげるのは誰か。取り残される人がいないよう、気を配るのは誰か。
このように、誰かが関係性を維持する努力をしなければ、対立はたちまち激化する。生産性は低下し、士気は失われる。
感情労働は、目に見える問題を未然に防ぐがゆえに、気づかれないことが多い。感情労働がうまくいくということはすなわち、「何も起こらない」ことだからだ。
なぜ特定の人に集中するのか
感情労働は、正式に任命される役割ではない。社会関係のなかで蓄積されていくものだ。
誰かが忍耐や共感力、感情の安定を示すと、他の人々はそれに依存し始める。そして、次のような頼みごとが気軽になされるようになる。「彼女と話してくれないか」「彼が理解できるよう助けてあげて」「この件を丸く収めてほしい」
感情の調整が得意な人物に頼む方が、そうした能力を広く育成するより容易だからだ。
さらに深いところでの力学も作用している。地位特性(status characteristics)に関する研究によると、特定の社会的アイデンティティには、特定の行動への期待が結びついている。
例えば女性は、人を育て、面倒を見る行動を取ると思われやすい。マイノリティ・グループに属する従業員はしばしば、正式な役割という形を取らずに他の者を導き、代表することが期待される。若手の従業員は緊張を生み出すよりも、吸収すべきという圧力を感じがちだ。
こうした期待が口に出されることは少ない。代わりに、静かに作用する。
やがて感情労働は、「関係の維持が得意」、あるいは「負担をかけてもリスクが少ない」と見なされる者へと偏っていく。



