「こんなはずじゃなかった」
シニア職に就いたばかりで、想像していたものと違うと感じているなら、仲間入りだ。エグゼクティブとしてのリーダーシップは、うわさほど甘くない。研究は長年にわたり、エグゼクティブ自身がすでに知っている事実を裏づけてきた。すなわち、彼らは新しい役割に十分備えられていないのである。
調査によれば、新任エグゼクティブの50〜70%が着任後18カ月以内に失敗するという。3分の2は、直面する事態について全体像を把握できていなかったと答え、新任エグゼクティブの75%は、自分の役割に向けた準備が不十分だったと述べている。
どんなリーダーも、こうした結果を黙認するとは考えにくい。にもかかわらず、エグゼクティブ教育は活況を呈している。私はそれをよく知っている。私のクライアントの大半は、名門アイビーリーグのプログラムや、将来を嘱望されるリーダー向けに社内で提供される研修プログラムに参加してきた人たちだ。講座を受け、コーチングを受け、本を読み、メンターの話に耳を傾けてきた。
アインシュタインは「狂気とは、同じことを何度も繰り返し、違う結果を期待することだ」と言った。
エグゼクティブ教育が有益であり得るのは確かだが、大きな役職に就くたびにリーダーが「準備不足だ」と感じ続けるのなら、何かが欠けている。理由の1つはこれだ。世界は劇的に変化したのに、エグゼクティブの「攻略本」は追いついていない。リーダーは講座やプログラムに参加するが、今日のシニアリーダーシップに固有の複雑さ、難しさ、現実にまで踏み込めていないのである。
例えば「信頼」は、リーダーシップで最も語られるテーマの1つだ。だが、全社を担うエグゼクティブ職へ進むと、多くのリーダーは「信頼」について教わってきた内容では不十分だと気づく。私は20年以上にわたりエグゼクティブとチームと仕事をしてきたが、この階層には別の信頼基準があることを見てきた。その基準は、明示的に教わることがほとんどないにもかかわらず、「知っていて当然」とされる。私はそれをエンタープライズ・トラストと呼んでいる。
エンタープライズ・トラストとは何か
最も基本的には、エンタープライズ・トラストとは、周囲がこう認識することだ。「このリーダーは、私たちにとって何が重要かを理解している」
それは、取締役会、投資家、経営幹部の同僚、従業員を含む周囲の人々が、あなたの意思決定、優先順位、行動が全社レベルで本当に重要なことと一致していると感じたときに現れる。
エンタープライズ・トラストは、エグゼクティブ教育で教わるものではない
多くのリーダー育成は、チームを率いる、機能部門を運営する、事業部門を管理するといった力を養うが、カリキュラムにエンタープライズ・トラストを見つけるのは難しい。理由の1つは、シニア職に到達する頃には、意思決定、トレードオフ、ステークホルダーの力学がかつてないほど複雑になっているにもかかわらず、このレベルでどう動くべきかは「すでに知っていて当然」という暗黙の期待があるからだ。
全社視点のリーダーシップを理解するには、シンプルなイメージから始めるとよい。ジグソーパズルである。
キャリアの初期、あなたに渡されるのはパズルの1ピースだ。時間が経ち、信頼と成果が積み上がるにつれて、つなぎ合わせるべきピースの数も増える。全社レベルに到達すると、リーダーシップはもはや「自分のピースを完成させること」ではない。ピースがどう噛み合って全体を形づくるかを理解し、やがては、その全体像に対して責任を負うことになる。
このレベルで人々がリーダーを信頼するのは、あなたが自分の持ち場だけでなく「パズル全体」を見ていると感じ、しかも緊張や難しいトレードオフ、課題が生じても、全体に奉仕する形で行動する意思があると信じるときだ。
エンタープライズ・トラストが崩れる場所
数年前、私は大西洋を描いたパズルを組み立てたら楽しそうだと思った。青いピースが5000個続いたのち、パズル上級者ならとっくに知っていることを学んだ。パズルを組み立てるのは、実際にやってみるまでは素晴らしいアイデアに聞こえる。ところが、始めた途端に覚悟がいる。投げ出したくなる。ピースが足りないと言い張りたくなる。箱の絵を何十回も見返すことになる。何を達成しようとしているのかを見失うのは、驚くほど簡単だからだ。
エンタープライズ・トラストも、それと大きくは変わらない。
理論上は簡単だが、実践ははるかに難しい。そして長年の中で、私はこの種の信頼を築く際に共通して立ちはだかる障壁を見てきた。
障壁の1つはコミュニケーションである。アイデアが冗長になったり情報過多になったりすると、要点が埋もれ、価値が失われ、受け手は「語られていること」と「全社レベルで重要なこと」とのつながりを見いだせなくなる。
別のケースでは、障壁は行動にある。例えば、コスト管理のために出張を凍結したのに、一部のリーダーが密かに「自分は例外だ」と判断する。あるいは、全社の意思決定を公には支持しながら、私的には反対や実行への消極姿勢を示すといったことだ。
さらに、現実的な構造的障壁もある。重要な意思決定や情報へのアクセス、可視性が限られているにもかかわらず、全社判断で動くことを求められるリーダーもいる。インセンティブが噛み合わず、構造がサイロ化を強め、協働が例外で常態ではないグローバル組織で働く人もいる。
そして最大の障壁は、多くの場合、きわめて人間的なものだ。すなわち、リーダーが実際に何によって報われているかである。リーダーは特定の成果を出すよう動機づけられ、出せなければ結果が伴う。エンタープライズ・トラストは、ときに長期的な全社の利益のために、短期的な個人の不利益を受け入れることを求める。そして強いリーダーであっても、そのトレードオフに葛藤する。
エンタープライズ・トラストを築くためにリーダーが取れる実践的アクション
良いニュースがある。エンタープライズ・トラストは性格特性ではない。持っているか持っていないかの二択でもない。学習可能なスキルであり、この領域を伸ばすには、いくつかの実践的アクションから始めればよい。
全社価値のレンズで意思決定する。
決める前に問うべきだ。これは会社に価値を生むのか。それとも主に、自分、自分の役割、自部門のためなのか。
パズルの比喩で優先順位をふるいにかける。
すべてが緊急に感じるときはこう問う。どれが「全社のパズル」を完成させる助けになるのか。そうでないものは優先度を下げる。
上申する前にアイデアを圧力テストする。
CEOに持ち込む前に問う。ほかに誰に相談したか。どんな視点を検討したか。リーダーが自分の見方を超えて考えるとき、エンタープライズ・トラストは育つ。
ローカルな影響だけでなく、全社への影響を考える。
問うべきはこうだ。これは地域、タイムゾーン、文化、機能が異なる従業員にどう受け止められるか。自分の領域だけではない。
投資を「自分の金」だと思って評価する。
支出を承認する前に問う。これは全社の資金の最善の使い道か。同種の投資に関する実績はどうか。
自分の成果が全体に寄与しているかを確認する。
定期的に一歩引いて問う。自分の成果は全社パフォーマンスにどう影響しているか。
見栄えではなく、目的をもって協働する。
包括的に見せるために他者を巻き込まない。正しい成果を得るために、実際に誰が関与すべきかを問う。
トレードオフを可視化する。
ある優先事項を別のものより選ぶとき、何を後回しにするのか、そしてその理由を言語化する。
全社の制約を一貫して体現する。
会社が支出、出張、採用を引き締めているなら、自分も同じように運用する。例外は強いメッセージとして響く。
行動する前に最後の問いを1つ投げかける:
もし自分が会社全体に責任を負う立場だったとしても、なおこの選択をするだろうか。
エンタープライズ・トラストを育てることは、シニアリーダーの仕事である
エンタープライズ・トラストを育てることは、自分がCEOでないのにCEOのように振る舞うことを意味しない。あなたにはあなたの職務があり、成果を出す責任がある。だがシニア層では、リーダーは自分の担当領域をはるかに超えるものを託される。全社そのもの、つまりパズル全体を形づくる意思決定を託されるのである。
だからこそ、この種の信頼は得るのが難しく、維持するのはさらに難しい。意思決定が数千人、時には数百万人に影響するとき、求められる基準は高くなる。リーダーは、自分ではなくパズルを優先できることを示さなければならない。



