経営・戦略

2026.02.28 10:14

ウォルマートがAI時代に「EQ」がこれまで以上に重要になると考える理由

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ウォルマート創業初期、多くの店舗は地方のアクセスしにくいコミュニティにあった。創業者のサム・ウォルトンは各店舗を自ら訪れることに強いこだわりを持ち、そのために自家用機を操縦する技術まで身につけたという。現場では売り場を歩き、従業員と会話し、彼らの経験に耳を傾けた。最前線の従業員に膝をついて話しかけ、黄色のリーガルパッドを手にメモを取る彼の有名な写真も残っている。また、一度会った相手のことを覚えており、数年後に再会した際にはその人の家族やペットについて驚くほど具体的な質問をすることで知られていた。

それから60年以上が経った今も、ウォルトンのアプローチは企業文化に深く刻まれている。ロレイン・ストムスキウォルマートのチーフ・タレント・オフィサー)は、ウォルトンの思いやりある行動を「文化的DNA」と表現する。世界で210万人超の従業員を抱える同社は、AI時代に向かうなかで「人を中心に、テクノロジーで強化する」というマインドセットこそが究極の競争優位になると信じている。

前例のない規模で息づく「創業者主導」の文化

「ウォルマートはとても魔法のような場所だ」とストムスキは語った。「私たちは人を中心に、テクノロジーで強化するオムニチャネル小売業者である。そして、この"人を中心に"という部分は、極めて意図的に設計している」

ウォルマートは毎週およそ2億7000万人の顧客にサービスを提供している。米国人口の90%はウォルマート店舗から10マイル以内に住み、世界中で210万人超が同社で働いている。これほどの人間同士の接点がある規模では、人を大切にすることが事業を動かす。

ストムスキは、謙虚さ、傾聴、サーバント・リーダーシップの企業文化を語る。「それ(そうした資質)がなければ、ここでは生き残れない」と彼女は述べた。

この精神はウォルトンに直接さかのぼる。顧客の声に、従業員の声に、そして耳の痛い真実に耳を傾けることへの彼のこだわりだ。丁寧な傾聴は、いまなおリーダーの選抜と育成の在り方を形づくっている。リーダーには、身構えずに厳しいフィードバックを受け止めること、従業員と個人的につながること、あらゆるやり取りはオペレーション以前に人間同士のものだと忘れないことが求められる。「これらのスキルはすべてEQに関わる」とストムスキは説明した。「反応の仕方を律すること。思いやりを示すこと。人の生活の細部を覚えていること。そうしたことが、ここには埋め込まれている」

タレントのフライホイール:EQはプログラムではなくシステムである理由

ストムスキは産業・組織心理学の訓練を受けた専門家であり、システム思考で職務に向き合っている。「採用、パフォーマンス管理、学習、昇進を個別の要素としては見ない」と彼女は言う。「それらを1つのフライホイールとして捉えている」

フライホイールは、ウォルマートの目的と価値観に合致した人材を惹きつけ選抜することから始まる。その後、育成、異動、昇進へと続き、各要素が互いを強化する。情動知能のスキルは、後付けのワークショップとしてではなく、あらゆる段階に現れる。

このシステム観が重要なのは、人間の行動は単独では変わらないからだ。共感を研修で教えながら、実践しない人を昇進させれば、矛盾したシグナルを送ることになる。ウォルマートは、その断絶を避けるために尽力している。

「大切なのは、従業員のライフサイクル全体を預かることだ」とストムスキは言う。「人を迎え入れる瞬間から、どう成長を支えるかまで」

人間性を減らすのではなく、増やすためにAIを使う

ストムスキは自らを「AI楽観主義者」と表現する。特に、AIが人々の時間を解放する点に期待しているからだ。「取引的でプロセス志向の仕事の一部を肩代わりしてもらい、従業員や顧客と過ごす時間を増やせる。その機会に私はワクワクする」と彼女は語った。これは、L&Dリーダーへの数十件のインタビューでも繰り返し聞かれた発想と響き合う。

ウォルマートはOpenAIと提携し、同社向けにカスタマイズしたAI認定資格を共同で開発している。目標は大胆だ。従業員にAIのスキル向上機会へのアクセスを提供することである。

また、ウォルマートはAIを、情動知能のトレーニングと実践の支援にも活用している。その一例が、現場の従業員向けに設計されたAI面接シミュレーターだ。多くの従業員は正式な面接を経験したことがなく、昇進に向けた準備は不安を伴うことがある。「練習相手としての人のように振る舞うAI面接官をつくった」とストムスキは言う。「フィードバックが得られ、もう一度試せる。ときには安全に練習できる場が必要なのだ」

EQを根づかせる:ウォルマートが情動知能の行動を維持する方法

ウォルマートの情動知能への取り組みは、選抜やイノベーションで終わらない。とりわけマネジャー・アカデミーにおいて、意図的かつ継続的に強化されている。

このプログラムは3年前に開始され、米国内4700店舗のリーダーがウォルマートの文化と価値観に深くつながることを目的としている。内容は技術的な指導を避け、代わりに店舗マネジャーが本社に来て、シニアリーダーから直接学ぶ。彼らは物語を聞き、価値観が日々の意思決定にどう現れるかを振り返り、コーチング、傾聴、ケアといったスキルを実践する。

自己認識は、事前・事後の360度フィードバックを含むアセスメントによって強化される。ウォルマートはデータ志向が強いが、ストムスキはその限界を冷静に見ている。「人間は複雑すぎて予測できない」と彼女は言う。「私たちはアセスメントを、人を単純化するためではなく、洞察を高めるために使う」

最後に、EQは日々の期待値として維持される。ウォルマートは、現場の従業員に対する構造化されたパフォーマンス・コーチングを再導入しており、リーダーがフィードバックを与え、成長をコーチし、重要な行動を体現する。

同社はエンゲージメントと事業成果を綿密に追跡している。価値観を一貫して体現するリーダーがいる店舗ほど、業績が良い。「米国の全店舗マネジャーをマネジャー・プログラムに通わせた」とストムスキは言う。「NPSは非常に高く、研修を受けたマネジャーがいる店舗は、多くの主要指標で他の店舗を上回っている」。重要なのは、マネジャーが店舗に戻った後、学んだことを現場の従業員に教え、増幅効果が生まれている点だとストムスキは強調した。

ストムスキが頼りにするEQ戦略:「反応を抑える」というマントラ

あらゆるシステムや規模の話がある一方で、ストムスキは情動知能を非常に個人的なものに結びつけている。彼女が最も気に入っているEQ戦略は、概念としてはシンプルだが、実践は難しい。「反応を抑える(underreact)」である。

「私はとても激しい」と彼女は認めた。「その強さは良い方向にも使えるが、乗っ取られてしまってはだめだ」。対立や苛立ちの場面では、一度立ち止まることを自分に言い聞かせる。刺激と反応の間に余白をつくるのだ。これは扁桃体ハイジャックへの古典的な処方であり、どのリーダーでも今すぐ実践できる。「気持ちよくないと感じる瞬間がある」と彼女は言う。「そこにこそEQが本当に表れる」

リーダーがウォルマートから学べること

ウォルマートの経験は、AI時代を進む人材開発リーダーにいくつかの明確な教訓を示している。

第一に、情動知能は単発の研修イベントではなく、システム(あるいは「フライホイール」)として設計されると拡張する。選抜、育成、昇進、テクノロジーが同じ行動を相互に強化しなければならない。

第二に、AIはEQの必要性を置き換えるのではなく、むしろその必要性を増幅させる。テクノロジーが取引や事務作業を担うほど、企業はAIが代替できない人間のスキルに、より多くの時間を配分するようになる。

そして最後に、最も強力なEQ戦略は往々にして最もシンプルである。注意深く耳を傾けること。人と関わること。過剰反応ではなく反応を抑えること。サム・ウォルトンは、AIが話題に上るずっと前からそれを理解していた。ウォルマートの課題であり、機会でもあるのは、その洞察を巨大なスケールの中で生かし続けることだ。それは機能している。

ケビン・クルーズは情動知能トレーニング企業LEADxの創業者兼CEOである。ケビンはNew York Timesのベストセラー作家でもある。最新刊はEmotional Intelligence: 52 Strategies to Build Strong Relationships, Increase Resilience, and Achieve Your Goalsである。

forbes.com 原文

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