1950年代は反核運動が盛り上がった一方で、「平和のための原子力」「核の平和利用」という考え方が圧倒的な支持を得ていた。日本での原発第一号、茨城県の東海発電所が着工した1960年当時も、世間はそうしたムードに包まれていた。しかし1974年、原子力船「むつ」の試験航行中に放射線漏れがあり、市民や漁業関係者らから寄港を拒否された「むつ」が、寄港先を求めて彷徨うという事件が起こる。こうして70年代後半、反原発運動が拡がっていった頃に『太陽を盗んだ男』は公開された。
本作の主人公である物理の教師・城戸は、変装して交番の巡査から拳銃を奪い、綿密な計画を立てて東海原子力発電所からプルトニウムを強奪し、様々な材料を調達してアパートの一室で原子爆弾を作ってしまうという桁外れの執念と実行力を持っている。しかし、それで彼が何をしたいのかははっきりしない。
国家を脅迫し動かすことができる立場に立てたなら、テロリストであれば要人を人質に取り政権転覆などを企てそうだが、城戸が最初に要求したのは、21時で放映終了だったナイターを最後まで見せろという実に庶民的な願いだ。その後は続かず、ラジオのDJに「原爆持ってるけど何をしていいかわからない」などと電話する始末。悪ノリしたDJの沢井零子(池上季実子)がリクエストを募り、原爆の重さとまるきり釣り合わないような、さまざまなリスナーの個人的欲望が開陳される。
「一体何がしたいんだお前は?」と自問自答する城戸の”病”が、ニヒリズムであることは明らかだ。ガムをクチャクチャ噛んでプーッと膨らませる仕草にも、城戸に興味を抱いて近づいてきた零子にキスをした直後に埠頭から突き落とす行為にも、それは現れている。最大級のテロに手を染めながら、警察や官邸を嘲笑うかのような城戸のノリは終始どこか軽く、時にコミカルでさえあるが、その表情には時折虚無が去来する。アクション・コメディと言っていいような荒唐無稽なシーンの連続に笑っているうちに、われわれは城戸の中に居座っているひんやりとした絶望に気づかざるを得なくなる。
城戸を演じた沢田研二は当時31歳。主人公も同年代だとすると、60年代末の学生運動に参加し失望し、闘うべき対象を見失って退屈な日常に埋没していた青年が、プルトニウムを入手すれば原子爆弾を作れる、それで絶対的な力を得られるという自分の思いつきに熱中した。勢い余って、授業で原爆の作り方を講義し「この太陽の力を君たちの手に取り戻した時、君たちの世界は変わる」とアジるほどになった。だが、かりそめの万能感を得ても、『生きものの記録』の喜一のように守りたいものも特になく、理想も失っているため、「何をしていいかわからない」。こうしたメンタリティは、70年代末の青年の間に広く薄く広がっていたのではないだろうか。


