陽水、勝新、スタローン...89歳現役写真家の「写真術」 放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、写真家の操上和美さんが訪れました。 スペシャル対談第21回(後編)。
小山薫堂(以下、小山):操上さんはいろんな著名人を撮っていますが、いまパっと思い出せる忘れ難い撮影ってありますか。
操上和美(以下、操上):(井上)陽水かな。35年くらい前だけど、僕の写真スタジオに車を見せに来たんです。免許を取って、車を買ったと。だから「福岡のお母さんに会いに行こう」と提案した。
小山:すぐ承諾されたんですか?
操上:「厭です」って(笑)。でも「そういうことはいまのうちにしておけ。お母さんに会いに行って、お父さんの墓参りをして、帰りに田川炭鉱に寄ったら面白いじゃないか」と説得してね。福岡空港でレンタカーを借りて、陽水が編集したカセットテープをかけながら、彼の故郷をドライブしました。で、川を流れてもらった。
小山:川?
操上:ある陸橋にさしかかったら、眼下の川がけっこうな濁流で。ここを陽水が流れたら面白いなと思って振り返ったら、彼も俺が何を言い出すかわかったみたい。「陽水。絶対泳ぐなよ。流れるんだ」と言って、サングラスをしたまま流れてもらった。
小山:(笑)。危険かもしれないし、びしょ濡れになるし、でも操上さんとだったらやってみようかと思ってしまう。そう被写体に思わせるのって、どんな魔法なんですか。
操上:俺がやりたいっていうと、みんな大体覚悟するんだよ。でももちろん、それ以前の関係性があってこそですよ。一緒にいた雑誌『SWITCH』の編集長、新井(敏記)くんも俺の本気がわかったから、川下へと飛んでいって、川に入って、手を広げて待っていてくれました。
小山:流れ着く陽水さんを受け止めるためですか。すごい話ですね。『SWITCH』では勝新太郎さんも撮られていますよね。
操上:神戸の震災の前後だから、亡くなる2年半前だね。その数年前、勝さんは下着にマリファナとコカインを入れていたとして、ホノルル国際空港で捕まったんですよね。だから、俺が撮影のときに、「勝さん、パンツ!」と叫んだら、バスローブの端をパっとめくって、ダーっとスタジオを走ったんだ。でも、さすがなのはカメラ位置からは外れないように、すり足なんです。ああ、役者だなと思ったね。
小山:自分に求められていることを瞬時に判断してやってみせる。本当にサービス精神がある方だったと伺いました。
操上:可愛らしいところもあってね。撮影前にちょっと拗ねちゃって、車から降りてくれなかったんだよ。
小山:拗ねて?
操上:集合時間より早めにスタジオに来たらしく、うちのアシスタントが「まだ操上が来てないので車で待っていてください」と言ったものだから。慌てて車に飛んでって、「勝さん、すみませんでした」とボンネットに手をついて謝りました。それで「ちょっと散歩しましょうか」と、スタジオ周りをふたりで散歩した。すごくいい思い出です。
小山:いま、お弟子さんは何人いらっしゃいんですか。
操上:2人です。
小山:どうやって教えているんですか。
操上:直接何かを教えたりはしない。自分の撮影を見てもらうだけ。被写体にどう反応し、どう撮って、どう選んだか、どう仕上げたかを見てもらう。写真は撮るだけでなく、選ぶことが大事。薫堂さんも風景や人物を撮るとき、たくさん撮るでしょ?
小山:ええ。そのなかから「この一枚」を選ぶ。
操上:だよね。残りは、極端な言い方をすれば、ぜんぶゴミ。捨てちゃうわけだから。
小山:陶芸家が「これは違う」と思った作品を割るような感じでしょうか。
操上:まさしく。シルヴェスター・スタローンを撮ったときも、自分が選んだ一枚に印をして代理店に渡したら、「撮ったものを全部見せる約束をしている」と言うわけ。俺は自分で選んだもの以外はゴミだから、ゴミ袋ごとアシスタントにもたせた。あとで聞いたらご本人が「クリ、最高。クリが選んだものでいい」と、ゴミ袋のほうは見もしなかったらしい。
小山:なるほど。でも、師匠がその背中を見せるだけで、弟子たちはみな、操上さんレベルの写真家になれるものなのですか。
操上:俺は思うけど、人を育ててあげる必要はない。だって人は勝手に育つから。師匠という立場の人間が仕事に一生懸命取り組んでいて、それをそばでじっと見ていれば、育つものなんです。逆を言えば、人を育てるってそんなに甘いものじゃないよ。
小山:それは耳が痛いです(笑)。



