東:絶版になっているのは、最先端の現象を紹介する時事的な本として扱われてきたからかもしれません。例えば、1993年に邦訳版が刊行されたブルース・スターリングの『ハッカーを追え!』は、アメリカで起きたある初期のハッキング事件とそれに対する政府の対応を克明に追った生々しいドキュメントです。電話線に対するハッキングをどう法律で裁くのか。土地の不法侵入とは違う新しい法律、発想が必要になるだろうといった試行錯誤の話が書かれている。コンピューターと社会の関係を考えるうえで古典として読み継がれるべき本なのですが、時事問題の本だと思われて絶版になってしまっています。しかし古い法律と新しい技術の衝突の問題というのは、例えば生成AIの著作権の問題のように、今なお継続して起きているんです。
桂:だからこそ、番組の前半で最先端のトピックを扱い、後半でコンピューター関係の名著や古典を紹介するという番組構成を、僕は面白いと思っています。今問題になっているようなことがかつても議論されていたんだとわかる。前半と後半の対比が効いて視聴者に刺さっているのだろう、と反響からも感じます。
スチュアート・ブランド、アラン・ケイの思想
東:「今月の一冊」の初回ではジョン・マルコフの『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』を紹介しました。ブランドはシリコンバレーに多大な思想的影響を与えてきた人物です。彼がつくった『ホールアース・カタログ』という雑誌は、まさに「Do It Yourself」の精神を発揮したもので、自分たちの手で自分たちの生活をつくっていこうという運動です。この運動が情報革命のスタートにあった意味は大きいと思います。
コンピューター文化の起源はガレージにあり、日曜大工的に自分の手で何かをつくるところから始まっている。昔の有名なアップルのCMは、IBMがつくった巨大帝国にアップルが小さなパソコンで立ち向かい、自由を取り戻すというイメージでつくられていました。インターネットは本来、そうした「国家的なものや巨大産業に対する抵抗運動」として出てきていて、その背景にはヒッピー文化や国家否定のアナーキズムや左翼思想があった。
桂:コンピューターがコモディティになったことで、エンジニアもユーザーも、接し方がまったく変わってきてしまいました。やはりインターネット、なかでもSNSの影響が大きいのかな。
東:Twitterは2006年、Facebookも一般ユーザーが使えるようになったのが同年で、翌07年にiPhoneが登場しています。そこから約10年でトランプが政界に出てきているわけですが、実に象徴的ですよね。
インターネットが普及し掲示板やブログによって誰もが発信できるようになって、「新しい民主主義が生まれる」といった議論がありました。しかしこれは2000年代前半までの議論で、今や「Twitterで民主的な世界をつくり出せる」なんて誰も信じていません。特に10年代後半になってからは、単に金儲けと認知戦の戦場と化した。なんだ、結局これがネットの世界か、つまらんなと。まったくワクワクしないんですよね。お金以外の評価軸がなくなってしまったことが最も悲しい。以前は稼ぎとは関係なしに、ネット上で面白いことをやっていること、それ自体に価値があったのに。これでいいのかな? と。


