笹山は社員や組合に「なるべく耳の痛い話をしてほしい」と語りかけた。ただ、トップに直言するのは勇気がいる。そんな心理を見越してこうつけくわえた。
「キャリア採用の社員から、『入る前に想像していた会社と違う』『笹山さんは東ガスを辞めようと思ったことはないのか』とぶつけられたことがあります。そのときも隠さず『あります』と答えた。そうした例を示して、『なんでも受け止める。失礼だと思うこと気にせず言ってくれ』と」
人の話に真摯に耳を傾けるのは、自分を過信していないからだろう。笹山は東大で数理工学を専攻し、入社後はデータ分析の仕事を任された。当時はExcelもない時代。紙の束に埋もれながら、マーケティング分析などを行った。
ガス機器の販売データを分析していたとき、データの限界に気づく。
「『この理由で売れる』というシャープな要因がわからなかった。ガス機器を多く売る人は、きっとデータに反映されない工夫をしている。それを見つけてデータ化しようと考え、現場に話を聞きに行きました」
のちに電力自由化で電力販売事業を立ち上げたときも同じだ。自分の頭のなかで描いたやり方では限界があると感じ、東京ガスの制服を着て現場作業に同行。自分でも電力を売った。
「私は電気を売りたいから照明器具などがある上も見ます。一方、ガスのサービスをする人は下ばかり見る。聞くと、『ガス管も機器も下にある』と。言われてみれば当然だが聞かないと気づけないことがたくさんあった」
笹山は現在の同社を「第3の創業期」と位置づける。最初の創業は渋沢栄一が起業した140年前。第2の創業は公害問題等を理由にLNGを導入した1969年だ。
「第3の創業は気候変動問題の解決が課題。ただ、脱炭素だけだと経済が厳しいため、エネルギー安定供給と脱炭素の両立が大事です。将来的に再エネやe-メタンなどに移行しつつ、手前では天然ガスなどをアジアでも展開して、CO2問題に貢献しながら持続的な成長を目指します」
経済と脱炭素は、時に相反する。第3の創業を進めるにあたり社内で意見が割れることもあるだろう。難しいバランスを求められる場面ほど、異論にも耳を傾ける笹山のリーダーシップが功を奏するに違いない。
ささやま・しんいち◎1962年、岡山県生まれ。86年東京大学工学部を卒業後、東京ガス入社。2016年執行役員総合企画部長、18年常務執行役員、21年執行役専務エネルギー需給本部長などを経て、22年代表執行役副社長CSO、23年代表執行役社長、同年6月より現職。


