サイエンス

2026.03.01 18:00

なぜ人は「圧倒的に無力」な状態で生まれるのか? 進化のために受け入れた途方もないトレードオフ

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前述した『Evolutionary Anthropology』掲載論文で示されているように、ほかの類人猿では産道の形状が一様であるため、胎児は通過する際に回転する必要がほとんどない。しかしヒト胎児の頭は、骨盤径をぎりぎり通過できるサイズであるために、分娩の生体力学的負担がより大きくなっている。歴史的に見て、出産が現代よりもはるかに危険だった理由の一つはここにある。

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進化の観点からは、母体の死亡リスクと難産は強い淘汰圧をもたらす。しかし、骨盤径を拡大させていくと、いずれは身体構造に無理が生じ、直立二足歩行能力が損なわれるため、際限なく拡大させることはできない。したがって、進化的妥協は避けられない。これが産科的ジレンマの基本的な考えだ。

しかしここ10年あまりで、ヒト新生児の無防備さを説明する代替仮説(あるいは少なくとも補完仮説)を提唱する研究者が現れつつある。彼らが主張するのは、妊娠と成長のエネルギー収支(Energetics of Gestation and Growth:EGG)仮説だ。

2012年に学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された有名な論文では、妊娠期間の長さを最も制約する要因として、骨盤の形状だけでなく、母体にとって妊娠がいかに代謝面での多大な負担を伴うかも考慮されている。妊娠期間の終盤には、妊婦のエネルギー消費量は、基礎代謝の約2倍に達しているのだ。

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このモデルによれば、出産のタイミングは、胎児のエネルギー需要が、母体が安全に供給できる量をいつ超えるかによって決まるのであって、単純に胎児の頭がいつ骨盤を通るには大きすぎるサイズに達するかという問題ではない。EGG仮説は産科的ジレンマを、単純な解剖学的制約ではなく、母体と胎児で構成されたシステム全体の制約として捉え直すものであり、そこでは以下の要素が考慮される:

・骨盤の生体力学的特性
・胎児の脳の成長プロセス
・母体からのエネルギー供給

生物学的に考えて、EGG仮説は理にかなっている。進化が1つの形質を単独で最適化することは概してまれであり、通常は、複数の制約の間で均衡を保つように作用するからだ。

ヒトの赤ちゃんはなぜ「未熟で生まれる」のか

ヒトはしばしば「二次的晩成性(secondarily altricial)」の種とされる。これは、もともとは親離れが早い(早成性の:Precocial)種から進化したが、進化の過程により、未熟な状態で生まれる晩成性(altricial)になったという意味だ。

進化生物学において晩成性(altriciality)とは、ある生物種が誕生時に未熟で、親の世話に依存する状態であることを意味する。例えば、眼が閉じたままで、毛や羽がほとんど、あるいはまったく生えそろっておらず、運動能力に乏しい状態で生まれる種(鳴禽類などの鳥など)がこれにあたる。逆に、誕生の時点で比較的成熟している種は早成性(Precocity)と呼ばれ、シカ、ウマ、ウシなどが相当する。

ヒトは両者の中間に位置するが、ほとんどの他種の霊長類と比べると、かなり晩成性に近いところにいる。このため、ヒトの赤ちゃんの脳は、誕生後も急速な成長を続ける。多くの哺乳類において、脳の成長のかなり多くが胎児の段階で完了するのとは対照的だ。

ヒトの新生児が生後1年間で、爆発的な神経発達、シナプス形成、大脳皮質の増大を経験するのは、こういった理由からだ。進化は、脳の発達の大部分が誕生後に起こるように調整することで、これ以上大きな赤ちゃんを産んだ場合に母体が被るであろう負担を、効果的に軽減したのだ。

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翻訳=的場知之/ガリレオ

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