ヒトの赤ちゃんはなぜ、ヒト以外のほとんどの動物と比べて、信じられないくらい無防備なのだろう?
子馬は生後数時間で立ち上がり、チンパンジーの赤ちゃんは、生まれた直後から母親にしっかりとしがみつく。ところがヒトの新生児は、自分ではほとんど何もできない。自分の頭の重みを支えることもできないし、自分の体温を効率的に制御することもできない。自力で動けるようになるのは、何カ月も経ってからだ。
数十年にわたり、進化生物学者たちはこの現象を、「産科的なジレンマ」と呼ばれる仮説を基礎として説明してきた。大雑把に言えばこの仮説は、ヒトの頭にまつわる、ユニークな進化的トレードオフと結びついている。
私たちは大きな脳を進化させ、それに伴い頭部が大きくなった。同時に私たちは、効率的な直立二足歩行を実現させるために、幅の狭い骨盤を進化させた。結果として胎児は、本来予測されるよりもかなり早い発達段階で誕生するようになり、さらに、分娩の際に狭い産道を通り抜けることを強いられるようになった、というのがこの仮説だ。
しかし、産科的ジレンマの実体は、「大きな脳と細い腰」という単純化された説明よりもはるかに複雑だ。近年の研究により、この仮説は精緻化され、従来のモデルは部分的に修正を迫られた。ヒトの赤ちゃんがなぜこれほど無力な状態で生まれるのかを理解するには、ヒトという種を形づくる、さまざまな進化的制約を考慮する必要がある。
ヒトの「産科的ジレンマ」
従来の「産科的ジレンマ」仮説は、20世紀半ばに初めて提唱されて以来、人類学研究のさまざまな関連分野で活発に議論されてきた。1995年に学術誌『Evolutionary Anthropology』に掲載された論文で解説されているように、このジレンマの核心は極めてシンプルだ:
・直立二足歩行により、ヒトの骨盤は、幅が狭まる形で変化し、近縁の類人猿と比べて産道がねじれた。
・大脳化(Encephalization:ホモ属における劇的な脳容量増加)により、胎児の頭部が大型化した。
・これら2つの要因が交差し、1つの大問題が浮上した──胎児の大きな頭が、骨盤内部の比較的限られたスペースを通過しなければならなくなったのだ。
新生児の脳容量を、母親の体サイズと比較したときの割合は、すべての霊長類のなかでヒトが最大だ。そして、誕生時点でのヒトの脳容量は、すでに成人の脳容量の約25~30%に達している。この相対値は、ほとんどの哺乳類に見られる値をはるかに上回っている。ただしチンパンジーの場合、新生児の脳容量は成体の脳容量の約40%ある。これに比べるとヒトは、脳発達のより未熟な段階で誕生していると言える。
現実的に考えて、もしヒトの妊娠期間がもっと長く、新生児の神経学的発達段階がチンパンジーのそれと同等になるまで出産しないとしたら、赤ちゃんの頭はほぼ確実に、大きすぎて母体の骨盤を安全に通り抜けられないだろう。
進化が編み出したこの問題の解決策は、胎児が神経学的に見て未熟な段階で出産する、というものだった。
しかし、ヒトの出産にはほかにも、霊長類のなかでひときわ複雑といえる特徴がある。これは、産道がまっすぐでないことと深く結びついている。ヒトの産道は、ねじれた立体構造になっており、骨盤の入り口は横幅の方が広いのに、出口は前後のほうが広くなっている。このため胎児は、産道を通過する途中で体を回転させなければならない(このプロセスは胎児回旋と呼ばれる)。



