今週、Workdayは共同創業者のアニール・ブスリがCEOに復帰すると発表した。人事・財務ソフトウェアを提供する同社は堅調な業績を上げている。昨年のサブスクリプション収益は17%増の77億ドルに達し、2026年には88億ドルに達すると予測している。クラウドサービスへの継続的な需要は依然として強い。
それにもかかわらず、Workdayの株価は1年前から45%下落している。投資家たちは、AIによるディスラプション、新たな競合、そしてソフトウェアの開発や価格設定のあり方をめぐる顧客期待の変化を前に、エンタープライズソフトウェアの長期的な存続可能性に疑問を抱いている。驚くべきことに、取締役会がWorkdayの未来を切り開くうえで最適なリーダーとして選んだのは、同社の過去と最も深く結びついた人物だった。
その判断は正しいのかもしれない。ブスリは単なる創業者ではない。彼は同社の当初のプロダクト哲学と顧客への約束を設計した人物である。大企業からいかに信頼を得ているのか、革新と信頼性をどう両立させる文化なのか、そして競争の激しい市場でいかに差別化しているのかを理解している。Workdayの将来が最も不確かな局面で、取締役会は同社の「偉大さ」の源泉を最もよく知るリーダーを選んだ。
強みに賭けよ
急速な変化の時代において、企業が自社の差別化の源泉を理解することは極めて重要だ。何を手放さず、何を活用すべきか。そして多くの事柄と同様に、リーダーのマインドセットは、何に注意を向けるかを左右する。過去に焦点を当てるリーダーは、伝統や郷愁という耳触りのよい決まり文句に退行しがちだ。現在に焦点を当てるリーダーは、今ある資産や顧客関係を過大評価しやすい。未来に焦点を当てるリーダーが重視するのは、企業の能力(ケイパビリティ)である。つまり、何を保有しているかだけでなく、何ができるのかだ。
これは大きな違いである。未来志向のリーダーは、持続的な成果が、競合が模倣しにくい中核的なケイパビリティの集合によって築かれることを理解している。それは、自社の強みを誰よりもうまく展開することから生まれる。市場は動く。テクノロジーは進化する。だが、企業が自らの「スーパーパワー」を知らなければ、それを活用できない。そしてそれは競合にとって競争条件を平準化することにもなる。
「強みに賭けるべきだ」という考え方は、実は比較的新しい。何十年もの間、改善への道は、優れた成果を出す人や企業をベンチマークし、自分たちのパフォーマンスを測定し、その差を埋めることだと考えられてきた。しかし前世紀末、社会の何かが変わり始めた。
C.K.プラハラードとゲイリー・ハメルは、その変化にいち早く気づいた研究者の1人である。1990年、彼らは『ハーバード・ビジネス・レビュー』に「The Core Competence of the Corporation(企業のコア・コンピタンス)」という論文を発表した。そこでプラハラードとハメルは、成功する企業は何でも器用にこなそうとはしないことを示した。代わりに、競合と一線を画す独自のケイパビリティの組み合わせに集中する。彼らの見立てでは、企業は自社を偉大にする要因を特定し、それを土台に築き上げる必要がある。つまり、自らの「スーパーパワー」を見つけなければならないということだ。
その洞察を得たのはプラハラードとハメルだけではなかった。プロスポーツの世界では、チームがパフォーマンス分析、役割の差別化、専門的なトレーニングに投資するようになった。1998年にはマーティン・セリグマンがアメリカ心理学会の会長に就任した。セリグマンは、人間のパフォーマンスに対する心理学者の捉え方は逆だと主張した。人がなぜ壊れているのかを理解しようとするだけでなく、人がいかにして繁栄するのかも科学が研究すべきだと考えたのだ。卓越は、弱さに執着するよりも、強さを育むことからのほうが確実に育つことを理解していた。
そしてStrengthsFinderが登場する。
ドン・クリフトンは、しばしば「強み心理学の父」と呼ばれるアメリカの心理学者である。クリフトンは何十年にもわたり、役割や業界をまたいで高業績者を研究し、才能の反復パターンを探った。セリグマンと同様、クリフトンは文化的なレンズを「矯正」から「強化」へと移すことに貢献した。人がすでに得意としていることにエネルギーを投じると、成長は加速すると主張した。2001年、クリフトンの会社であるギャラップは、人々が自分のスーパーパワーを見つけるためのツールとしてStrengthsFinderを発売した。そのローンチは、強みに基づく哲学が研究領域から、広く組織の実務へと移行した瞬間を画した。
とはいえ、それから数十年が経った今も、多くの人が自社の偉大さの源泉を言語化できずにいる。リーダーシップチームに戦略上の脅威を列挙させれば、ホワイトボードはすぐに埋まる。同じチームに、継続的に不釣り合いな価値を生み出す3つか4つのケイパビリティを挙げさせると、部屋はしばしば静まり返る。言葉は抽象的になり、答えは根拠ではなく願望へと流れていく。強みを土台に築くべきだと促す研究が何年も続いてきたにもかかわらず、多くの人の本能は欠点に目を向けることにある。そして、それにはきわめて人間的な理由がある。
ネガティビティ・バイアス
2001年──StrengthsFinderが発売されたのと同じ年に──心理学者のポール・ロジンとエドワード・ロイズマンは、社会心理学の実験で繰り返し観察されるパターンの意味を解明しようとした。研究は研究を重ねても、同じ非対称性が示された。たった1つの批判が、複数の称賛を上回る。1度の悪い相互作用が、関係全体の印象を塗り替える。小さな欠陥が、それ以外は優れた製品の価値評価を下げる。ロジンとロイズマンが研究を総合した結論は明快だった。同じ強度であれば、ネガティブな出来事のほうがポジティブな出来事より心理的な重みが大きい。彼らはこれをネガティビティ・バイアスと呼んだ。
ネガティブな特性を過大評価するこの傾向は、進化史に深く根ざしているように見える。人類史の大半において、脅威(サーベルタイガーや毒草など)を見落とすコストは死、あるいは共同体からの排除だった。これに比べれば、ポジティブな機会(もう1食分の食事や、火を囲む集いなど)を逃すコストは相対的に低い。生存のために、私たちの脳は利点よりも脅威を強く記録するよう配線されている。脳は私たちを幸せにするために進化したのではない。生き延びさせるために進化したのだ。
現代においても、このネガティビティ・バイアスは、多くの人に「自分が下手なこと」へ意識を向けさせ、他者が「あなたは素晴らしい」と言うような点に盲目にさせる。自分の最大の強みを挙げてほしいと言われると、多くの人は言葉に詰まり、わずかな気まずさを覚える。自分の長所を語ることは、深いレベルで自己陶酔的に感じられる。さらに悪いことに、自分だけの賜物を「誰にでもある当たり前のこと」だとして意識的に過小評価してしまう。こうしたネガティブ志向は、生き方としても望ましくないが、偉大さを成し遂げる道でもない。
私の経験では、成功したリーダーほど、他の人よりもネガティビティ・バイアスが強いことがある。彼らは、抽象的な完璧の理想に照らして欠陥を見つけ、修正するのが得意だからこそ、その地位に就いてきた。多くの場合、それは成功の中核的な要素になっている。彼らの注意は、機会より先にギャップへ向かう。オペレーションレビューでは警戒信号を探し、人材の議論では弱点を探す。リーダーの成功を支えた筋肉が、彼らの見え方そのものを形づくっていく。そして組織はリーダーの認知習慣を映し出すため、システム全体が自らのスーパーパワーに気づくことに驚くほど不器用になり得る。
道を見失う
あまりにも多くの企業が、自分たちが本当に卓越していることを理解するために時間と労力を投じるという、骨の折れる仕事をしない。かつては自社の強みが明確だったのに、時間の経過とともに、自分たちではない何かになろうとして漂流する企業もある。それでも、最良の企業は少数のことにおいて優れている。そうした企業は自らのスーパーパワーにさらに賭け、その他のことが平均的であることを受け入れる。
企業が自分たちのスーパーパワーを忘れるとき、失敗はランダムに起きるのではない。予測可能な形で起きる。
スターバックスは、人と人のつながりを育む、人間中心のリテール体験をつくることに秀でている。ボーイングは、成功か失敗かが生死を分けうる環境で、複雑な技術的実行をマネジメントすることに秀でている。ナイキはスポーツ文化を巧みに乗りこなし、継続的なイノベーションの流れを生み出すことに長けている。にもかかわらず、この3社はいずれも近年、自分たちではない何かになろうとしてつまずいた。スターバックスはバリスタを圧倒するほど新しいドリンクでメニューをあふれさせた。ボーイングは実行をサプライヤー網にアウトソースしようとした。ナイキは、より良い実行へと焦点を移した。いずれのケースでも、シニアリーダーは、改善の方法について外部のコンサルタントや専門家の助言に頼った。その結果は、タイガー・ウッズにピアノを習わせたり、モーツァルトにゴルフを強要したりするのと同じくらいの成功にとどまった。
幸い、これらの企業にはまだ希望がある。組織のスーパーパワーが完全に消え去るには時間がかかる。消え去るときは、しばしば、怠慢なオーナー(ダイムラーがクライスラーを所有していたことを思い起こしてほしい)、複数回のM&A(ヒューレット・パッカードを想起してほしい)、あるいは連続する弱いリーダーシップ(これもHPだ……)が原因となる。だが私たちの多くにとって、それらのスーパーパワーはただ休眠しているだけだ。そして再び起動させることは可能である。
ディズニーが「偉大さ」を取り戻す
マイケル・アイズナーが1984年にディズニーのCEOに就任したとき、彼が最初に気づいたことの1つは、同名の創業者がもたらす永続的な影響力だった。ウォルト・ディズニーの肖像画はあらゆる壁に掛けられていた。難しい意思決定に直面すると、人々は決まって「ウォルトならどうする?」と問いかけた。だが1984年当時、ディズニーは低迷していた。株価は長年伸び悩み、コンテンツは文化的な関連性を失い、金融界は敵対的買収の機会をうかがっていた。
アイズナーは、ディズニーが根源的なスーパーパワーと再びつながる必要があると見抜いた。物語を語る力。魅力的な体験を創る力。クリエイティブ人材をマネジメントする技能。そして複数のメディアや形式でコンテンツを世界展開する力。これらすべてのスーパーパワーは、ウォルトから始まっていた。
もちろん、ウォルト・ディズニーの遺産を起動するとは、郷愁に迷い込んだり、創業者の古いプレイブックを払い出してきたりすることではない。ディズニーの休眠していたスーパーパワーと再接続し、それを新しい方法で活用することだった。
就任後、アイズナーがまず取り組んだのは、買収の脅威を退け、投資家を安心させることだった。だがその後、アイズナーは本格的に動き出す。以降の数年で、アイズナーは企業のDNAを起動し、創造的アウトプットを増幅させ、新たなコンテンツを立ち上げ、それを映画、TV、パーク、マーチャンダイジング、ホームビデオへと横断的に収益化した。資産は豊富だが創造面では分断された企業として引き継いだディズニーを、アイズナーと後継者のボブ・アイガーは、今日のエンターテインメントの巨人へと変貌させた。
自らのスーパーパワーを見つけよ
時間の経過とともに、どの組織にも良い日と悪い日がある。成功とは、最良の日がいつだったかを見極め、毎日がその日であるようにすることだ。急速な変化の時代に企業が成功するのは、他者を模倣するというより一般的な戦術ではなく、自分たちが自分たちらしくなるときである。
そこでWorkdayの話に戻る。アニール・ブスリは、会社を創業することと、再創業することがまったく異なる仕事であると気づくかもしれない。根本的に変化した市場で、古いプレイブックの再現にとらわれる恐れもある。創業者も郷愁と無縁ではなく、過去の成功が将来の関連性を保証するわけでもない。しかしWorkdayがAIによるディスラプションと顧客期待の変化を乗り越えるには、新機能や巧みな価格設定だけでは足りない。これまでも大半の企業よりうまくやってきたことを明確に理解し、その強みを新しい時代へと伸ばしていく規律が必要になる。
同じことはディズニーにも当てはまる。2度目の引退後、CEOのボブ・アイガーはパーク部門の責任者ジョシュ・ダマロを後継者に指名した。ダマロは、AIで変容する世界の課題に対応するために会社を刷新するなかでも、ディズニーを偉大にしているものを手放さずにいなければならない。
私たちにとっての教訓は明確だ。自社を真に際立たせているケイパビリティの短いリストに名前を与えるために、時間を投じよ。可能な限り精緻に定義せよ。資産だけでなく、能力に焦点を当てよ。そして、その強みを深め、拡張することを軸に戦略を組み立てよ。
「次は何か」に取り憑かれた世界で、出発点にすべきは、すでに自分たちのものとなっているものだ。未来が盲目的な模倣に報いることはめったにない。しかし、自分たちが何者かを知っている企業を、未来は好む。



