イノベーションは、単なる知的な作業ではない。独自の洞察、大胆な戦略、創造的なアイデアがイノベーションの道のりを形づくるのと同じように、希望や恐れ、そしてコミュニケーションもまた、その過程を左右する。私たちはイノベーションを厳密に合理的な言葉で語りがちだが、感情は深く関わっている。革新的な企業文化をつくることは、主として感情知能(EQ)にかかっている。
アマゾンは、世界トップクラスのイノベーターであり続けるための取り組みの基盤としてEQを据えてきた。ボストン・コンサルティング・グループによって過去12年間にわたり世界の革新的な企業トップ10の1社に評価されている同社は、感情に働きかけることを、イノベーションに関する同社の名高いリーダーシップ・プリンシプルを実務において浸透させ、実効性あるものにする手段と捉えている。
筆者は、アマゾンで元Chief EQ Evangelist(EQエバンジェリスト最高責任者)兼、EPIC(empathy, purpose, inspiration, connection)のワールドワイド責任者を務めたリッチ・フアに話を聞き、同社が感情知能(EQ)を促進するために具体的に何をしてきたのかを確かめた。
フアは、感情の理解を効果的なイノベーション・マネジメントの中核要素として位置づける。彼はこう語る。「どんなイノベーションを思いついたとしても、それを推進するのは結局人間であり、私たちは感情を持つ存在だ」
感情がもたらす負の影響と正の影響を管理する
感情はイノベーションを妨げもすれば、加速させもする。負の側面としては、重要な変化への抵抗を生みうる。フアはAIの例を挙げる。「仮に、あるVPがAIを使って事業全体に巨大な転換を起こそうとしていて、そこに大きな効果があると信じているとする。だが多くの人が頭に思い浮かべているのは『これは自分の仕事にどう影響するのか? 自分は解雇されるのか?』ということだ。リーダーが共感をもってそれに向き合わなければ、抵抗、変化への恐れ、文化的な対立が起きる」
適切な感情のマネジメントは、すでにうまく機能しているイノベーション文化にとっても強力な燃料となる。フアはこう言う。「アマゾンには、リーダーは『right a lot(正しい判断を下すことが多い)』というリーダーシップ・プリンシプルがある。これは優れた判断力と直感を示すという意味だ。ただし重要なのは、同時に多様な視点を求め、自分の信念が誤っている可能性を積極的に確かめようとする点にある。そうするには、自己認識と自己管理の水準が必要で、自分の考えに挑むデータに出会ったときに、再考できなければならない」
さらに彼は続ける。「建設的な対立も必要だ。これまでの経験では、人は対立を避けるが、それはやり方がよく分かっていないからだ。アマゾンでは意見が対立したとき、たとえ不快でも消耗しても、社会的な調和のために妥協はしない。黙っているべきではないが、いじめる側になったり、嫌な態度を取ったりしてもいけない。確信と敬意の双方をもって伝えることで、建設的なバランスを実現したいのだ」
感情知能に富む文化を仕組み化する
こうした実践と能力をアマゾン全体に根づかせるため、フアは広範なプログラムの開発を支援してきた。目標は必ずしも全員に行き渡らせることではない。組織の20%の人々が違う行動を取り始めれば文化が転換し、真に自走するようになるというのが彼の考えだ。このプログラムはいくつかの柱で構成される。
体系化(Codification):アマゾンはプログラムを4つの要素に整理し、EPIC──共感(Empathy)、目的(Purpose)、インスピレーション(Inspiration)、つながり(Connection)──として提示した。同社はもっと複雑にすることもできたが、150万人超の従業員を抱える組織で一貫性と浸透力を得るために、シンプルさを狙った。
増幅装置(Force Multipliers):フアはこう振り返る。「人々がやって来て『自分の組織にどう広げればいいのか?』と言い始めた。そこで、人に教える人を育てるためのトレーニングを行い、彼らはEQエバンジェリストになった。いまでは世界各地に150人以上いる」。使命感を持つこれらのアンバサダーが一体となって、アマゾンおよび多くの法人顧客において、150万人を超える人々にEQスキルを広めてきた。
マネジメントの実践(Management Practices):健全な対立を促す必要性を例に、フアは次のように述べる。「多くのマネジャーが、チームとの会話の仕方を変えている。『ねえ、ここでは意見の相違がある状態にしたい。私が何を見落としているのか、あなたが言ってくれるまでは先に進みたくない。このアイデアの穴を突いてほしい』といった具合だ。そうすることで、期待される行動が明確になり、支えられ、報われる状態をつくれる。感情知能に富む文化を築くにはスキルが必要だが、それを用いる動機と機会も必要になる」
コミュニティ(Community):フアによれば、この取り組みは2019年の開始当初、十数人ほどに限られていた。だがやがて、研修、イベント、定期ニュースレターを通じて、EPICを支える社内コミュニティは7万人へと急拡大し、世界最大の企業ベースのEQコミュニティとなった。その人数には、こうしたスキルと行動の採用を全社で促進した数百人のEQチャンピオンも含まれる。共通の関心が非公式なつながりや協働を生み、それが相互に強化されることで、フアが1人では成し得なかったかたちで、イノベーションの感情面をマネジメントする力が高まっていった。
これらの要素が合わさることで、すでに世界をリードするイノベーターが、さらにトップの座を維持し続けるための推進力となる。イノベーションは決して終わらない営みであり、革新的で感情知能に富む企業文化の創出もまた終わりがない。アマゾンでよく言うように、「常にDay 1」である。
注記:リッチ・フアは現在、10億人がEQスキルを高めることを支援するという使命のもと、EPIQ Leadership GroupのChief EQ Officerを務めている。



