ウクライナ戦争の本質
大量処刑、民間インフラへの意図的な攻撃、ウクライナの子どもたち約2万人の連れ去りといったロシアの振る舞いは、戦場の残虐性に収まらないものを露呈した。それは、恐怖と威圧を政策手段とする統治ドクトリンを反映している。
第2次世界大戦前の歴史が物語るように、侵略は罰せられなければ拡大する。威嚇も効果があれば繰り返される。違反行為に実質的な制裁が伴わなければ、それは前例となる。
法の支配と主権平等という理念の上に築かれた米国やウクライナ、その他の西側諸国にとって、これはどこか遠い場所で起こっている道徳的問題ではない。戦略的な警鐘である。
「持続可能な結末」をどう定義するか
ウクライナの勝利とは、ロシアという国家を滅ぼすことではない。ロシアのウクライナ侵略を、再開不可能なまでに決定的な失敗に終わらせることを意味する。
持続可能な和平調停には、以下が含まれなければならない。
・ウクライナの領土からのロシア軍の完全撤退
・連れ去られたウクライナの子どもたち、戦争捕虜、拉致された民間人の返還
・ウクライナへの賠償(凍結されたロシア国家資産の移転を含む)
・ロシア軍の攻撃能力の迅速な立て直しを防げるだけの強制力をもった安全保障・制約
これらの要件は、本質的に、ロシアがこれまで署名しておきながら違反してきた数多の合意を履行させることに等しい。
この戦争においてウクライナは、米国の安全保障の防波堤として機能してきた。ウクライナの勝利を支援する政策に立ち戻れば、米国は自国の兵士を1人たりとも戦闘で失うことなく利益を得られるだろう。
残された問い
ウクライナで全面戦争が始まって丸4年、ロシアは主要目標を達成できていない。今日もなおウクライナは防衛線を維持している。しかし、耐久性のある戦略を構築するには、軍事支援の(特に米国からの)増強、対露エネルギー制裁の徹底、そして、この戦争が国際秩序のルールをめぐる広範な闘いの中心的な戦線であるという認識が必要だ。
問題は、ウクライナに米国が支援するだけの価値があるかどうかではない。その価値はあるのだ。肝心なのは、米国がかつて築いた国際秩序を今も理解し、重視しているかどうかであり、なぜそのことが重要なのか、である。
これまで米国の払った代償は限定的だった。だが、ここで失敗した場合の代償は、到底支払えないほど高くつくだろう。


