政治

2026.02.24 12:30

ウクライナ侵攻から4年、露軍死傷者120万人「米軍0人の戦略」が招く代償と制御不能な核のリスク

ウクライナ西部リビウにあるウクライナ軍の戦没者墓地で、戦死した兵士を追悼して墓に掲げられた無数の国旗。2026年2月21日撮影(Mykola Tys/Global Images Ukraine via Getty Images)

これは、取るに足らない些細な事実などではない。米外交政策に対する根強い懐疑論の原因である過去の戦争と、ウクライナとを戦略的に区別する核心だ。ベトナム、イラク、アフガニスタンでの戦争は、いずれも数兆ドルの資金と数千の米兵の命を犠牲にしながら、核武装した対抗国に対して犠牲に見合うだけの戦略的利益をもたらさなかった。

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ウクライナは違う。米国防予算の5%未満の支援で、ウクライナ軍は自らの決意と西側諸国から供与された装備を用いて、米国にとって最も敵対的な核保有国であるロシアの通常戦力を著しく低下させた。ロシアは北大西洋条約機構(NATO)加盟国と国境を接し、欧州を脅かし、中国・イラン・北朝鮮との連携を強めている。

米国のウクライナ支援は慈善ではない。影響力の拡大だ。しかし、特にこの1年間で、米国の支援はほぼ消滅した。多くの政治・軍事専門家が、クレムリンの露骨な帝国主義的野心に便宜を図れば米国はほぼ確実に衰退し、さらにはより広範な世界的破滅を招くと警告していたにもかかわらず、である。

深く根付いた戦略的パートナーシップ

1991年のウクライナ独立はソ連の平和的解体につながった。あの瞬間は米国にとって地政学的に「棚ぼた」の幸運だった。主要な敵対国が、大国間で戦争をすることなく崩壊したのだ。欧州の治安、世界市場の拡大、そして30年にわたる米国の覇権はこの幸運の上に築かれた。

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この間、ウクライナは国際安全保障において受動的な傍観者だったわけではない。ウクライナ軍はイラクとアフガニスタンで米国主導の作戦を支援した。バルカン半島などではNATOの任務に部隊を派遣している。米国や西側諸国の制度と安全保障の枠組みに、ウクライナは一貫して歩調を合わせてきた。要するに、ずっと信頼できる米国のパートナーだったのだ。

ところが1994年、米国はウクライナに圧力をかけ、旧ソ連から引き継いだ世界第3位の規模をもつ核兵器をすべてロシアへ引き渡させた。そして核放棄と引き換えに、ロシア・米国・英国は「ブダペスト覚書」に基づいてウクライナの主権と独立を保証した。

この経緯を踏まえると、もしもウクライナがこの戦争に敗れた場合、世界に向けたメッセージは「核兵器こそが生存を保証する手段だ」という極めて厳しいものとなる。そのような教訓が正しかったと証明される事態は、米国にとって決して許容できるものではない。

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翻訳・編集=荻原藤緒

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