ケンドラ・マクドナルドは、Canada's Ocean SuperclusterのCEOである。
職場で「感情的だ」と言われることは、褒め言葉であることがほとんどない。往々にして、それは非合理的で弱いことの言い換えとして使われる。とりわけ、リーダーに対して向けられる場合はなおさらだ。数年前、私は数千人のCEOのデータを基準にしたリーダーシップ評価を受けた。結果はどうだったか。平均より「感情的」だというスコアが出て、「注意するように」と言われた。感情的な反応が、リーダーとしての有効性に悪影響を及ぼしかねない──そんな含意だった。
だが、感情に対して芳しくない反応を受けたのは職場だけではない。先日のあるイベントで、10代の娘が私に向かってこう言った。「また泣くの、ママ? すごく恥ずかしいんだけど」。そして念のために、と言わんばかりに、別の場所へ移って座った。
こうした出来事は、私を立ち止まらせた。感情的であることは、自分の中で変えるべきものなのか。だが、フィードバックを咀嚼するうちに、私は重要な結論に至った。感情はリーダーシップを損なうものではない。賢く使えば、それを深めるのだ。
情熱は感情であり、消耗を伴うこともある
私は、自分の仕事の成果に強い思い入れがある。昔からそうだった。だが今の役割では、成功が経済的機会、イノベーション、そして海洋の持続可能性に影響する。だからこそ、使命感はさらに深い。情熱は私のリーダーシップの現れ方にも反映され、複雑さを乗り越え、チームを鼓舞し、挫折を経ても回復力を保つ助けになっている。感情がなければ、長期にわたる高インパクトの仕事を率いるために必要なエネルギーを維持するのは難しいだろう。
もちろん、深く気にかけることの裏返しとして、挫折を過度に感じてしまうこともある。成果が期待に届かなかったり、進捗が停滞したりすると、軌道を外れやすくなる。リーダーは次のリスクを取らない判断をして機会を逃すかもしれないし、チームメンバーは挫折の責任を互いに押し付け始めるかもしれない。私は、感情的にコミットすることの一部には、リセットし回復するための時間を守ることが含まれるのだと学んできた。感情は気づきを導くべきであり、シャットダウンを引き起こしてはならない。
私たちは「感情の時代」にリードしている
今の組織は、感情が中立な環境で動いているわけではない。急速な技術変化、不安水準の上昇、世界的な紛争、気候の変化、そして人と人がつながるあり方の根本的な転換。こうした状況を航行している。組織全体で、チームの士気を確認し、変化の中で人を支え、緊張を仲裁するという「感情の仕事」は、共感的・関係志向だと見なされる人に回りやすい。そしてこれは特定の性別に限られる話ではないが、研究では、女性が目に見えない負荷をより多く担いがちであることが示されている。仕事でも家庭でも同様だ。例えば、家庭に協力的なパートナーがいても、食事の計画、宿題、各種の段取りといったことは私に回ってくる。そして、その種のメンタル負荷は、予定表のどんな用事よりも消耗が激しいことがある。チームの精神的・感情的な負担を引き受けることを期待されると、リーダーは燃え尽きかねず、士気にも悪影響を及ぼし得る。
共感は重要だが、共感が過剰になると、個々のパフォーマンス管理が適切にできていない(本人の不利益になる)状態になったり、感情労働を背負い込みすぎたり(リーダーとしての自分の不利益になる)し得る。自分が何を担うことを期待されているのかを見極め、それを現実的に引き受けられるのか判断できなければならない。例えば、追加で片づけるべきことは何か、そしてそれらは公正に委任できるのか。私がもう1つ心がけているのは、感情のケアに割く時間を、他のタスクと同じように一定量確保することだ。そうすれば、それが思考を占有し続けることはない。
感情は情報になるが、判断を曇らせてはならない
直感を信じることと、高ぶった感情から反応することは別物だ。私たちは皆、本能に頼る。しかし優れたリーダーの意思決定は、データ、経験、文脈によっても裏打ちされている。そこには高い感情知能(EQ)──感情を理解し、調整し、効果的にリードするために用いる能力──が必要だ。この力を引き出せば、物事が個人的な領域に踏み込んできても、地に足をつけていられる。そうして初めて、明晰さ、つながり、勇気をもってリードできる。感情にエネルギーを与えられつつ、知性に導かれた意思決定が可能になる。
リーダーシップはエネルギーの勝負である
リーダーシップについて私が学んだ最も一貫した教訓の1つはこれだ。自分のエネルギーが場の雰囲気を決める。私が会議に入るとき、活力に満ちているか落胆しているか、人々はそれを感じ取る。だから私は、自分がどう感じているかを以前にも増して率直に示し、その状態からどう立て直していくのかをモデルとして見せるようになった。
挫折があれば、私はそれを言語化し、前に進むために自分が採っているマインドセットを共有する。同様に、ワクワクしているときにはそれも表に出すようにしている。ポジティブな感情は勢いと熱量を生むからだ。時間が経つにつれ、そうした透明性が信頼を築くことを私は見てきた。とりわけ難しい局面で、他の人もまた、ありのままに場に現れるための条件が整う。進捗が遅い、あるいは不確かなときに踏みとどまる力になるのが、感情なのである。
感情はまた、粘り強さとイノベーションの燃料にもなる。これらはめったに一直線ではない。失敗、やり直し、多くの未知を伴う。スタートアップであれ、変革プロジェクトであれ、複雑な協業であれ、持ちこたえるのは「信じる力」だ。そして信じることは感情的である。根気、忍耐、コミットメントはすべて「気にかけること」から生まれる。関与していれば、もう一度やってみようと思える可能性は高まる。
リーダーは感情を受け入れる必要がある
あのCEO評価の結果にもかかわらず、私は感情が薄くなったわけではない。感情を通じてリードすることに、より意図的になった。自分が何を感じているのか、なぜそう感じるのか、そしてエネルギーをどう守るのかを認識するようになったのだ。さらに、感情をありのままに共有することで、それが方向性や意思決定を曇らせるのを防げる。
感情はリーダーにとって弱さではない。目的意識、信念、共感、そしてインパクトのシグナルだ。自覚をもってマネジメントすれば、信頼を築き、勢いを生み、回復力を駆動する強みになる。だから、感情的すぎると言われたことがある人、あるいは感情を抑える圧力を感じたことがある人に、私はこう伝えたい。自分の感情を受け入れてほしい。理解できれば、それをどう生かすかが見えてきて、より良いリーダーになれる。これまで以上に、私たちには「気にかける」リーダーが必要なのだから。



