OpenAI出身の研究者らが創業したアンソロピック。その強さは技術のみならず、人間性と安全性を核にした組織文化にある。技術戦争の狂騒から距離を置き、公益と収益の両立という難題に挑む女性リーダーの哲学とは。
2025年9月中旬、米スタンフォード大学の美術館。タキシードやイブニングドレスに身を包んだ日米のトップリーダーが集うシリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム(SVJP)の10周年記念ガラの会場が静まり返った。「SVJP イノベーター・アワード 2025」の受賞者として、一人の女性が登壇したからだ。
ダニエラ・アモデイ、米AI基盤モデル開発企業「Anthropic(アンソロピック)」の共同創業者兼社長である。AIモデルの「Claude(クロード)」ファミリーの開発で知られる同社は、最大のライバルである米OpenAI社から独立したダニエラとダリオのアモデイ兄妹を含む元幹部や研究者が立ち上げた、世界で最も注目されているAI企業の一つである。濃紺のドレスに身を包んだ彼女は、マイクの前に立ち、こう語った。
「私たちは『人間性、安全性、そして公益をその核に据えたAIは実現できる』というビジョンをもっています。聞こえがいいからではなく、それが正しいことだと信じているからです。どれほど険しい道のりでも、私たちは倫理的な道を進みます」
会場からは温かい拍手が送られたが、その時、じつは彼女は産休のさなかで、第2子を出産したばかりだった。
それでも彼女がこの場に立ったのはなぜか。AI開発の世界には、足を止める猶予などない。そこは、OpenAI、グーグル、メタ、そして中国勢が入り乱れ、刻一刻と戦況が変わる戦場だからだ。そして、競争では安全が後回しにされる。
そもそもアンソロピックの共同創業者たちがOpenAIから独立した理由は、「安全性」に関する見解の相違にあった。AIチャットボット「Chat-GPT」や画像生成AI「DALL・E」といった製品を次々と世に出し、それが世界的な話題を呼ぶ──。そのスピード優先の経営姿勢に疑問を感じたのである。経営者であれば、ビジネスの成長のために副作用に目をつぶりたくなるような誘惑だってあるかもしれない。
その誘惑に負けず、競争を勝ち抜くための最適解はないのか? アンソロピックはそれを見出そうとしている。
「陰と陽」のリーダーシップ
11月上旬、サンフランシスコ中心部にあるアンソロピックの本社を訪ねた。AI開発競争という戦場の中心地であるにもかかわらず、そこは驚くほど静かだった。ガラス張りのオフィスながら、暖色系のインテリアに囲まれて家庭の温もりが感じられる。アモデイ兄妹の両親の影響もあるのかもしれない。革職人だった父と図書館員の母をもつアモデイ兄妹は、この街で生まれ育った。「サンフランシスコが、まだ『シリコンバレー』じゃなかった頃ね」。産休明けのダニエラはそう振り返る。
「『この世界を、自分が生まれた時よりも少しでも良い場所にしてから去るべきだ』。これは、兄のダリオと私が家族から受け継ぎ、大切にしている教えです。私たちはアメリカのサンフランシスコ、それもシリコンバレーのすぐそばで生まれ育つという、多くの恵みや特権を与えられました。だからこそ、世界を良くする責任があるのだと、強く感じていたのです」



